最近、野球賭博のニュースが世間を賑わせています。野球賭博というと何かものすごく"悪い"ことをやっているようなそんな論調でニュースでは報道され、行った選手は涙ながらに謝罪会見を行いました。
もちろん野球賭博を野球選手がやるというのは、それが八百長につながるという意味においては、厳罰が用意されていたとしてもまったく問題はありません。しかし、賭け事そのものがものすごく悪いことであるという論調には首をかしげるものがあります。
どうして競馬や競輪toto等の公営の賭博は道徳的に目くじらを立てられることはないのに、それが違法な私的な賭博になると道徳的にものすごく悪いことのように言われるのでしょうか。もちろん日本が法治国家である以上法律に反する行為をしてはならないことを疑い始めたらキリがありませんが、そこに道徳的な違いは存在しません。
野球賭博をここまで世間で厳しく批判するなら、換金所の存在が黙認され事実上の賭博でしかないパチスロも同様に批判されるべきで、そこにパチスロの既得権益を守ろうとする存在があることは明白です。
賭博行為が道徳的に良くないものとされるのであれば、野球賭博の報道を見ているとこれが主流のように感じますが、同様に公営ギャンブル、パチスロも批判の対象とされるべきであるし、もし賭博が道徳的に問題がないとされるのであれば、野球賭博を行った選手を道徳的に批判することは的を射ていないと感じます。
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