かれこれ遡ること1年前。
2017年10月13日。


朝、ひと仕事を終え、いよいよ病院へ…

どんどん気が重くなってくる…

しかし、入院とはどんなものか?!という興味本意な気持ちも少し。
生まれてこのかた、大きな病気などをしたことなく、入院なんてものは1人目の出産時に経験したくらい。しかも個人病院だったので、市民病院や総合病院のような、いかにも!な病院ではないし、お部屋も個室だったからのんびり過ごしていた…わけでもないけど。産後でメンタルやばやばで部屋は明るくても私の周りは負のオーラと闇に包まれていた記憶しかないが。
出産後の入院?だし、これを世間一般の人がする、入院と言っていいのかも謎だけど。

そんな感じで、いきなりの入院宣告ということもあり、家族と離れる寂しさと、なんだか旅にでも出るようなそんな気分とで、気持ちはまだふんわりとしていて現実味がなかった。

とりあえず必要な物だけまとめて、後々必要になってきたら夫に用意をしてもらおうということで前日荷物をまとめておいた。

助産師さんに、すぐに出産とはならないと思うから、急だったし赤ちゃんのおしめなどはまだいいと言われたので、とりあえず自分の身の周りの必要物を揃え、いざ出発!

10時迄には産科病棟のナースステーションへ来てくださいとのことで、余裕を持って9時頃に。

若い助産師さんと初心者マークをつけた看護師さんがこちらへ〜と案内してくれた…のは!なぜか陣痛室…真顔ぇ…

助産師さん曰く、部屋がまだ開かないので、申し訳無いのですがそれまでこちらでお願いします〜とのこと。
ふむ、そういうことか。

初心者マークさんに入院の案内など、説明をひと通り受ける。
そしてしばらくすると、若い助産師さんが「点滴を打つので〜」とやって来た。
今飲んでいる張り止めの薬よりも強いから、最初は動機など副作用が出てしまうなど説明された。
そして点滴を打ったのだが…

若い助産師<少し関節に近いので、曲げたりすると液が漏れてしまう可能性あるので、できるだけ曲げないようにしてもらえますか?
わし<はい。(む、右腕の肘裏あたりか…動かしづらいな…。まぁ少しの間なら大丈夫か。ニヤリ)

この時、点滴というものをよくわかっていなかったわし。
点滴なんて、1人目の出産の際にそういえば打っていたな、位の経験値。人生でほぼ点滴を打った試しがなかったのです。
そのため、なにも考えず、気にもせずにこの時は返事をしていた。
というか、点滴ってものは、すぐ終わるんだと思っていた。
この腕に繋がっているチューブの先にある、この袋の中身が無くなったら終わる!そう思っていた無知な自分…。後々恐怖が待っていることなんて、つゆ知らず…笑い泣き

右腕には点滴。
そしてここは陣痛室。
ちなみに隣は分娩室で、少し先にNICUやGCUがある。
そのため、この部屋では精密機器などがあったりすることから、携帯電話が一切使えず(電源をお切りください状態バツレッド)、一応テレビはあるのだが、専用のカードを差さないと見れないため、入院したてでそんなものを用意もしてない私たちはとにかくやる事がない。
そのうち、点滴の薬が効いて気分が悪くなってくるわし。腕が震え、動機や息切れが。
とにかく手持ち無沙汰でやることがないので、とりあえず夫は帰ってもいいか聞くと、どうやら先生からの説明があるとのことで、それが終わらないうちはまだ帰れない様子。
私はお昼が今日から出るとのことだったので、夫にはまだ時間があるようなので外で食べて来てもらうことに。


しばらくすると、再度看護師さんがやって来てサインの必要な書類などを説明。
その際に、腕に挿してある点滴の管を4日で交換するか、それとも8日でも良いかという説明を聞き、そこで初めてこの腕につながる点滴が24時間お休みなく繋がれる存在ということを知るわし…ゲローマジか!

なぜ4日ではなく8日なのか、そこら辺の説明はもう耳に入って来ず。
薬の副作用のせいなのか、それとも気が動転してしていたのかよく覚えてないが、とりあえず震える腕でなんとかサインをしましたよー。8日でもいいです〜の方にさ笑い泣きだってもう雰囲気がそんな感じだったんだもん。

一気に悲しみに襲われるわし。
入院生活に暗雲が立ちこめる…。ヤバ…滝汗

そしてふと、広い陣痛室にただ一人であることに気づく。
陣痛室はベッド4台分ほどのスペースがあったので、多い時はここに分娩待ちの妊婦さんが待つのかと思われる。※個人病院の時は陣痛から分娩まで同じお部屋だったので、大きな病院の陣痛来てから出産までがよくわからず。

入院て、こんな感じ?とじわじわと拒絶感が芽生える。やだ、帰りたい…(;ω;)ガーン

今更ながら焦り出す。
いつまで入院してるんだろ…
1週間くらい?2週間?まさか産むまで…??
スマホ使えないので、ネットで双子妊婦さんの情報が見れないというもどかしさ!

そんなこんなしてたら、お一人陣痛室にご移動してきた妊婦さんが!
ご家族はもう来る〜?など、会話が。
おお!!この方はもうすぐ赤ちゃんが生まれるのね!と何故かドキドキ。

だが、私のドキドキとは裏腹に、ご本人は至って普通。
テレビ見て、うどん?なのかな?麺を啜ってました。
スゴイ!私なんて前回そんな余裕無かったのに…人によるのかな??スゴイなー。と感心しました。


しばらくして2日前に健診をしたが、念のため内診を再度行うということで、診察室へ。
そこで経管が1.2cm、子宮口2cm開口しているとのことだった。
先生に一言。

石にゃきいもさん、ちゃんと安静にしてた??(ー ー;)

すみません。買い物行ったりお弁当作ったりしてました…すみません。と心で謝る。


その後、やっと先生からの説明を夫含めて聞くことに。
私が今置かれている状況、今後どのように治療していくかなどなど、ご説明がなされたわけですが。
その際にチラリと言った先生の言葉…
まぁ、今の状態だと出産するまでそのまま入院することになるかな〜ニヤニヤアハっ

その言葉に、なんかもういろいろとお気楽に考えてた自分マジでバカ!と激しく後悔。
時すでに遅しだが。あーあ。

この時、分娩方法をどうするかと聞かれ、一応経膣分娩を考えていることを伝えた。
うちの大学病院は、34週以降かつ胎児が2000g超え、その上で1番目が頭位、2番目が頭位or逆子ならば経膣分娩可能でした。
入院した時点ではまだ29週でしたので、まずは34週目指しましょう!というのが当面の目標となりました。
双子ちゃんのほとんどがこの34週前後で生まれる確率が高いそうです。この大学のデータなのかな?忘れましたが。
また赤ちゃんが2000gを超えるか超えないか、これはその子の予後に大きく関わってくるみたいです。これもこの大学でのデータなのかな?資料の統計のところをよく見てませんでした。ごめんなさい。
私が聞いたのは、2000g以下だと後遺症が残ってしまったりする確率が高まってしまうというようなことでした。
1人目の時はあまり考えたことなかったですが、お腹の中で成長するって赤ちゃんにとってはとても大切なことなんだなぁと改めて思いました。


そんなこんなで、先生との話は終わり、部屋もやっと用意できたとのことで移動することに。
部屋はMFICUという、リスクのある妊婦さんの中でもさらに緊急な方が入院するお部屋に入ることに。
余談ですが、ここは一人一人のベッドがカーテンで仕切られており、かつスペースがかなり広かったです。そして冷蔵庫やテレビは無料(というか部屋代に含まれてるのかな?)
なので見たいときにいつでもテレビは見れる。DVDプレーヤーもありました。
ワードローブもあるし、病院でよく見るような移動させるタイプの安定感ないテーブル?ではなく、ドレッサーみたいなきちんとしたテーブルがあるので、化粧したり何か書いたりするときとかも安定感あって良いです。
6床あったと思うのですが、すべてが窓際に配置されている仕様なので、景色は良くないが陽の光は入ってくるし、カーテンでの仕切りなので声や音とかは漏れてしまったりするが、本当のお部屋のように過ごせました。
ですが、残念ながら携帯・スマホが電源自体もオフにしていなければならず使用不可のお部屋でした。病院によってはMFICUのお部屋でも携帯使える病院もあるようですが、うちの大学病院は禁止でした。
そのため、テレビ見たり本読んだり、人によっては編み物とか工作してたりして時間を潰していました。とにかくスマホを使えなかったのはかなり辛かったです。MFICUを出て、使用可能エリアに行けば使えるのですが、切迫の身だったのでそんなしょっちゅう行けないし…張り切ってiPad持って行ったのに、役に立つことなく後日夫へ返品しましたとさ(ー ー;)


ではでは、お部屋の移動も済み、先生からの説明も終わり、夫はやっと帰れることに。
夫にお別れをし、いよいよここでの生活が始まります。
いろんな苦難を乗り越え、双子に出会えたわけですが。
入院中は夜な夜な泣くこともありましたが、今となっては懐かしい…。
長くなってしまいましたので今回はここまでちゅー



次回!点滴の恐ろしさを知る!
駄文ですが、お付き合いいただきありがとうございました。