炒り大豆が好きで、お菓子代わりによく食べている。バリボリバリボリ。噛み応えがある。祖父の観ているテレビの音量は大きいが、私が炒り大豆を食べていると祖父は咀嚼音を指摘してくる。たくあんでも。会食などで困るだろう、一度歯医者に診てもらった方が良いという具合である。大げさな。
言われれば少しは気にして、噛む際の入れる力の度を過剰かなと思い返す。ただし、あまりに事が些細であるため医者に行くには及ばない。
それはさておき、初めて大豆を炒った。やり方を調べたものの、レシピの冒頭に目を通して早々取り掛かった。水に浸して一晩置く、と書いてあった。ボウルに水を入れ、大豆を浸し、構わず3時間程で水を切り、フライパンで大豆を炒った。口に入れた大豆はパリッと小気味良くとはいかず、いまいちだった。味をつけて遊んだ。塩、醤油、砂糖。
祖父は言う。大豆は子供の頃、戦後貧しく、食べ物の少ない時代の贅沢な食べ物であった。大豆と小麦粉を混ぜて丸く薄く焼いたものを重ねて父親の会社に持って行くと、社員たちが喜んで食べた。よく母親が家で炒ってくれ、お菓子として食べた。水に浸けずにそのまま炒るんだ。その時、弾けるのに注意しなければならない。
2度目の試みである。大豆を袋から開け、そのままフライパンで炒り始めた。飛び跳ね防止にフタをしている。気づくと黒く変色して慌ててフライパンを振ると、数個飛び出してしまった。セットのフタがなく、お鍋のフタをしてい、隙間がある。これ以上は焦げるだけだと予想し、硬いままで炒りを終了した。大豆は焦げの苦みがあり、硬く、一度目より出来が悪い。
これではいけないと、仕方なくやり方を調べると、水に一晩つけた後、乾かしてから炒るらしい。
次回は美味しく炒る。