nanoblockの制作…日誌?

nanoblockの制作…日誌?

世界最小のnanoblockでちまちま作ってるものをアップしていきます。戦国BASARAにハマっているので、キャラクターものが中心。

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政宗様クラスの大名の史料なら、地方の博物館同士で交換展示~なんてことも期待できるけど。
小十郎や成実クラスの、その土地では「おらが郷土のお殿様」で有名だけど、全国に行くと「? 誰??」な人たちのはこちらから会いに行かないと!
亘理町の資料館で企画展示、って情報、フォロワーさんのツイートで知った。twitter初めてからこういうちっちゃな情報も割合手に入るようになって、ほんとありがたい(^∇^)

亘理は仙台からローカル線で約30分。駅前にあるという「悠理館」は、ほんまに駅の真横にありました。
一階が資料館、2階が図書館、3階が会議室、4階が機械室、5階は展望台。建物の外観はお城を模していて、すぐ裏を流れている阿武隈川の支流(と思われる)川を内堀に見立てると、川岸には銃眼を開けた白壁。その向こうに広がるは水田、水田、水田~!あー、空が広いなぁ。。。

一階の常設展示コーナーは、亘理の郷土歴史が石器時代から~明治まで順繰りに並べられています。
閲覧者は私一人。わははは~、貸し切り状態だよ!
石器時代を軽く見て、近世コーナーへ急ぐ。
ここでは仙台伊達家と区別するために、亘理伊達家という記述が多いです。
そして、その亘理伊達家の家臣の家で保存されていたという鎧が、レプリカでなく本物の鎧が5着も展示してある!!
こんな小さな資料館で本物がこんなに数を拝めるとは!正直、来るまで舐めてました。ごめんなさい。
兜の漆が剥げかかっていたり、手甲の布地がすり切れていたり、威しの糸の色も褪せてはいましたが、保存状態がよくて、どれもきれい。
鎧櫃に入れられて大切に大事に保管されてきたんだ~と思うと、胸が熱くなります。
その横に別格で展示されているのは、伊達成実の鎧。のレプリカ。強度を確認するために試射した弾の跡も胴部分にばっちり再現。
「絶対後退しない!」の毛虫の前立ては…、ほんとうに毛虫だった!(^∇^)
熊か何かの黒い毛が、バカでかい猫じゃらしのような物体が、興奮した猫のしっぽのように甲の前真ん中にピン!と突き立っておりました。

どうも、今まで見てきた「毛虫というよりムカデじゃね?」と思う前立てのデザインは、霊廟に安置されている木像のデザインから来ているものらしい。
これを見るまでは「毛虫よりムカデの方が、怖そうってか、かっこつく気がするな~」と思っていたのだけれど、実物見たら毛虫の方がイイ!! 毛虫の前立ての方が断然スタイリッシュだ!

馬上で背筋を伸ばした成実、馬の歩みでかすかに揺れる前立て。
馬を疾走させる成実の前立てが風でたわんで、黒い毛が後ろに流れて。
「今だ!掛かれ~!!」成実の大音声にビリビリと揺れる黒い毛。
合戦中の雨に濡れて、洗われた猫のしっぽのように細くなってしまう前立て。

いかん、トリップしてもうた(●´ω`●)ゞ
でも大丈夫。館内には私一人、だから!w 鎧の前でどれだけヘラヘラニヤニヤしてようと見とがめられることはないのだ~!

どうやら、このレプリカの元になる本物は伊達開拓記念館という場所にあるらしい。……もしかして、北海道?北海道行ったら、見れるの!?

それから企画展示コーナーへ移動。
ここに成実直筆の書状、実元の書状、政宗が成実に宛てた書状、成実が原図を描いたとされる仙道の古地図ほかが展示。
成実の字は、大きさがきちんとそろっていて濃い墨から文の終わりにつれて均等に薄くなっていってまた濃く、といった感じ。
本文は仕事のことを細かく丁寧に。けれど、追伸文には「肩が痛むよ~、薬塗っても痛むよ。脚気かな?こっちの痛みが引いたら別のところが痛くなるよ」と私事を(笑)
それもおそらく、本文を書ききってから「あ、追伸でこれも」と思い立って書いたらしく、本文の先頭に設けていた余白に行間詰めてみっちり書き込んでる(笑)
あの時代、まだ紙は貴重だったろうから、わかる気がするけど、そこまでして言いたい内容だったんだろうか?(^~^)「お薬ありがとう」だけじゃないところが、なんかいいな。

そして、政宗から成実宛の手紙。解説に「政宗は成実や片倉小十郎へ多くの手紙を出しているが、成実宛は漢文体のみ、片倉小十郎へは仮名交じりの書状も多い。これは一門である成実の体面を慮ってのことであろう」と。
政宗より一つ年下、子供時代一緒にいた、モブでの出演(おいおい)、智の小十郎に対して武の成実、などなどのイメージから、政宗に気安く、また政宗も気安い成実像ができ上がっていたのだけれど。
臣として一門の次席に任じて牽制もしなければならないくらい、優秀な男だったのかな~と、成実像が変化してきた。
後に『政宗記』を書けちゃうくらいだから、当時から政宗のことをよく見てて、日記くらいには書いてそうだ。地図の原本も描くくらいだから記憶力もよさそう。血筋だって遡れば、政宗と同じ先祖の血を引いてるサラブレッド。
私が思っていたほど迂闊には扱えない男だったのかもしれない。
ま、だからと言って成実が隙あらば、を狙っていたように思えないけど。でなければ、出奔して戻って来たり、政宗記を書いたりしないだろう。
さらに、青葉城の資料館で見た「成実の陣羽織」の柄もまた、成実のかっこよさUP!に貢献でした。
背中に「香車」の文字入れてるんです。むろん、これは将棋の「香車」、つまりこれも「後ろには進まない」宣言なわけで、一貫した主張にしびれる~!! あ、そこ、特攻服とか言わない(笑)
そんなわけで、私の中で成実の株が急上昇!!だったり(*^ー^)ノ

一方で、女子供や身内宛の手紙に使う「仮名交じり文」で小十郎に文を書く政宗様にニマニマしちゃったりもするわけですが。そうか、そうか、小十郎にはねぇ~( ´艸`)

この他に、亘理伊達家で使われたと伝わる「橘が刺繍された寝具」なども。
橘は実をたくさんつけることから、子宝に恵まれますようにということで好まれたんだとか。
この寝具が、布団というよりかいまきの形をしていて、ほんまにこれでもか!というくらい実が成った橘の木が刺されてました。
結婚した夫婦の寝室にはこんなのが山ほど積まれていた…との解説に、すごいプレッシャーだな~うへぇ^^;と思った。
こんなのを山と積まれた寝室で眠ったりあれしたりした成実が子供に恵まれず、結局、政宗の子を養子にもらって家を継がせたのは皮肉な話です。

資料館を2時間堪能し、霊廟のある大雄寺へ。
現在の方々の墓地の奥に、霊廟はありました。
正面に成実の木像が安置された霊廟、その前に殉死者4人の輪塔。左に実元、さらに左に宗実の霊廟。
右の方には三代目以降の城主と夫人の墓が仲良く。(成実を初代、と数えます)
解説にもありましたが、奥さんのお墓が一族のと一緒にあるのは珍しい。
片倉家ですら、廟所に奥さんの墓があるのはかなり代がいってからのしかないし。
そんなところにも奥さんをはやく亡くした成実の運命の皮肉を感じながら、お参り。
数年前に成実のは塗り直し修繕したそうで、まだ朱色がきれいでした。
毎年1月16日と8月16日には、廟を開いて成実の木像を見せてくれるそう。…2週間遅かった。

そんなわけで、今回の旅行の第一目的終了~。
そうそう、亘理の名産は「はらこめし」ですよ~とこれもまた旅の途中、twitterで教えてもらったんですが、食べれませんでした(ノ_・。) たぶん、もっと海よりに行けば食べられたのかもしれない……。
一時間に一本しか電車が来ない亘理の駅前、はらこめしは元より、何も食べるところありませんでした(笑)
今回、私の心をひっさらって行ったのは!
小十郎の腹筋見たいぞ!願望の成就ではなく(笑)

始まって3分の、小十郎の苦しくも悲しげな横顔でありんした……。
切腹するところを政宗様に殴りつけられて力づく(権力込み)で阻止された小十郎。
「背中には一太刀も浴びてねぇ」と無事な背中を見せる政宗様を見上げる、怒りをもはらんだような瞳が、政宗様の「クールに行こうぜ」の言葉の前で小さく伏せられて、小十郎が詫びの言葉を口にしたとき、
「あ…」って思った。

(待って、待ってよ、政宗様! 小十郎と心が通じてない!通じてないよ!!)

見てるこっちが焦ったり切なくなったりしてるうちに画面は回想シーンから切り替わり。
最初から録画で見てたら即座に巻き戻ししてるところだが、オンタイムで見てるから待ってくれない(笑)
私の心の隅に引っ掻き傷を作ったまま、これはもしや小十郎救出まで伏線で持って行くのかと思ったら。
後半でしっかり回収してくれました。

「あなたさまに本当の喪失感を味わっていただくつもりでした」
小十郎が隠さずに心のうちを明かして、やっと政宗様が小十郎の本意を理解した、
理解したから、出てきた

「伊達軍はもう誰一人欠けさせねぇ」

の政宗様の言葉に小十郎が微笑んだとき、
うれしかった、思わず涙ぐむくらいうれしかった。
通じた、やっと二人の心が通じ合ったんだ!!と思えた。

微笑む前に小十郎が軽く目を見張ったのは、諌めて説いた年下の主君から、小十郎が思っていた以上に成長した政宗様の言葉が返ってきたからかなぁ、と思う。
また、その笑顔が! 弱くて守って育ててあげる対象の畑の野菜たちに向ける笑顔とは違っていて、
嬉しそうなんだけど、それだけじゃなくて! 政宗様の頼もしさを目の当たりにして少しだけ誇らしそうな、う~ん、うまく言えないのがもどかしいんだけど、まさに政宗様にだけ向ける微笑み、って感じがして画面がにじんだよ。


このやり取りがあっての一期の七話(双竜月下の真剣勝負)かと思うと、もう喉の辺りがキューっとね、締め付けられるような切なさが。

「伊達軍は誰一人欠けちゃならねぇ、you see」
一期のときは、国主の政宗様の気負い、自身の強さから出た我が儘と見えなくもなかったんだけど。
そして、その政宗様を刀に手を掛けてまでして止めておきながらも「結局、自分で行っちゃうわけね(佐助)」な小十郎も、なんだか政宗様の熱意にほだされてしまった傅役のように見えたんですが。
違ったんだね。
あの言葉は双竜の二人で作った誓いだったんですね、……ホロリ。
もうお姉さん泣くぞ、泣いちゃうぞw もう二人そろって俺のところに嫁に来い!!(笑)

そんなわけで。
前半と後半で、政宗様を見上げる小十郎の表情アップをきちんと書き分けてくれたアニメBASARAスタッフにブラボー!です。

あ、そうそう。
以前どこかで「小十郎は戦装束のときは『死ぬ覚悟はいつでもできてる』って意味で、着物の袷を反対(死装束)にしてる」って聞いたことがあるんだけど。
それ聞いて以来、ゲームでもアニメでも小十郎の着物の袷ばかり気になっていてw
切腹シーンで、本当に袷が反対になっていることをしっかりと確認しました!はぁ、すっきり★
伊達政宗が太平洋を越えて遠くスペイン、ローマ法王の下まで部下を遣わした慶長使節船「サンファンバウティスタ号」を観に行きました。
独眼竜の異名やら、姻戚と血縁でぐっちゃぐちゃな奥州を力で制した荒々しいイメージが先行していた政宗様ですが、彼の一生を知っていくうちに「あの時代にヨーロッパと関係持っちゃおう!って発想がすごくね?」と思えて来て。どうしてもそのお船(復元)が見たくなり。
仙台から往復3時間かけて、観に行きました。えぇ、片道一時間半あったら、東京から仙台行けちゃうよ!遠いよ~!

nanoblockの制作…日誌?-船全景
nanoblockの制作…日誌?-阿吽の竜

しかし、それだけ時間かけても観に行った甲斐があった~!!
そらもう、立派な木造船が!どどーんと海に浮かんでました。船内も再現されていて見学できるし、大興奮。
船首には伊達政宗が好んだ阿吽の竜、写真を取り損ねましたが、船尾には九曜紋がで~んと付いてます。
そして、併設された「サンファン館」では、この船が派遣される由来から支倉常長が帰ってくるまでの説明資料も見られました。……すいません、支倉さん、今まで舐めてました。ごめんなさい。
使命のために7年間もがんばったなんて…!この辺、もう少し詳しく知りたいなぁ。
ちなみに資料館の中には「支倉さんの航海の一部を映像と一緒に動く座席」で体験できる、ディズニーのアトラクションか!?(笑)みたいなシアターがあります。
これが面白いので、行った際にはぜひ体験していただきたい!

nanoblockの制作…日誌?-夢は大きく果てしなく
nanoblockの制作…日誌?-船べり双竜

高知行き以来の恒例となった「ご当地武将と撮影」も叶いました。
「Hey 小十郎。俺はこれで満足してるわけじゃねぇ。この海の先にある世界の王になるぜ!」
「はっ。この小十郎、どこまでも御身のそばに」

「なあなあ、絶好の海水浴日和だな!」
「甲冑姿のまま飛び込むのはおやめください。いかな小十郎と言えど、できないことがございます」

nanoblock小十郎(基本衣装)は、見た目にこだわりすぎて、パーツがすぐバラバラになってしまうので(笑)、今回も撮影にこぎ着けるまでに箱から出して組み立て直しする羽目に。
海風が強いんで、途中、ブロックが飛ばされやしないかとヒヤヒヤでした。
観光地でちまちまnanoblock組み立ててる人間がいたら、それ、まず私で間違いないと思います(笑)
nanoblockの制作…日誌?-手作り提灯?
nanoblockの制作…日誌?-蝋燭灯りの参道
nanoblockの制作…日誌?-瑞鳳殿

七夕まつりの間は瑞鳳殿がろうそくでライトアップされるよ~、というイベントを去年、見損ねたので。
今年こそは!と行って参りました。
るーぷる降りて、横に駐車場がある坂道からすでに足元だけ、電球でライトアップ。
参道の入り口も、手作りの三引き紋でライトアップなのが嬉しい。政宗様の所領の数にちなんだ階段の両脇も、ろうそくの灯りでライトアップ。雪景色もよかったけれど、こんな幻想的な光景もすてき。

七夕期間中、昼間は開かれて、中に安置されている政宗公の木像が拝めますが、夜はさすがに扉が閉じていて……まぶしっ!!(笑)
漆塗りの黒い板壁ですら光を放っているんじゃないか?と思うほどに、絢爛豪華な瑞鳳殿。
うん、まあ、これなら徳川にも負けないよ、うんw

「よし!今年も仙台の七夕を観に行こう!」
そう思い立って出かけることにしたものの。東北に行くのに白石に寄らないのはどうにもできない。
私はそれくらいには白石が、小十郎の墓が好きです。
というわけで、急遽、福島経由で白石へゴー。

nanoblockの制作…日誌?-片倉家廟所

前回行ったときは正月だったんで、大吹雪で綿帽子をかぶってた仏様たちですが、今回は杉の林に焼けそうな日差しをさえぎられた中で涼しそうでよかった。
ここの静かな雰囲気が大好きでねぇ。個人的なヒーリングスポット。
小十郎の阿弥陀仏の前で手を合わせてたら、花を生ける穴?に溜まった水の中から親指の爪ほどの小さなアマガエルが飛び出して来て、しりもちつくほど驚いた(笑)
それくらい、雰囲気が静かなのですよ。

nanoblockの制作…日誌?-BASARAバス1
nanoblockの制作…日誌?-BASARAバス2

墓参りを済ませて、またタクシーで傑山寺に回ってもよかったんですが、白石城の周りの道を散歩するのも好きなので、駅まで歩いて帰ることに。
そこで、バス車庫に止まっていた「きゃっするくん」のBASARAバスを発見!
土日祝祭日は運行してるそうですが、世間の休日に白石に来たことないので走ってるのを見たことがない(笑)

白石城のふもとの武家屋敷跡があるあたりは、堀跡が川として残っていたり、住宅街の中も用水路が走っているのです。
底が見えるほど澄んだ水が流れている用水路を横目にお散歩。上に目を上げると天守閣がちらり。
気温33度&ピーカンの晴天でも、おだやかな水の音に癒されながらぶらぶら歩く。
こんな風に身近に水の音がするような場所に住みたいな~と最近は切実に思う。

城に寄ると、きっと暇を持て余してるボランティアガイドのおじいちゃんたちと話し込んで軽く一時間は経ってしまうのでw 今回は天守閣に向かって手を振るだけで駅に戻る。
駅前の小十郎プラザでお土産を買って、いざ仙台へ!