前回の記事に何名かの方からコメントいただいたので、本の内容について誤解のなきよう補足。


「くもをさがす」は著者西加奈子さん自身のカナダでの乳がん治療体験を書いたノンフィクションです。


・異国での闘病、ましてや癌

・医療制度の違い

・医療従事者との関係性の違い

・それらに対する戸惑い、気付き

・自分の気持ちの変化

・生きること、「生」への執着への気付き

・不安や辛さ、苦しみの中でも見つけるこ とができる日々の幸せ、喜び、楽しみ


と言った、ヒューマニティ溢れる作品。


私が書いた、「医師の仕事は病気を治すこと」の部分は、全体の一部でしかありません。


私はカナダのことはよくわかりませんが、アメリカに住んでいた事があります。


幸い長い滞在期間に大病にはかからなかったので、医療事情について詳しくはないのですが、かなり分業化していることは知っています。


もし命に関わる病気に罹患したら、あまりに機械的、事務的に流されているように感じ、精神的に辛かったかもしれません。


日本の医療もその方向に進んでいるのかもしれませんね。


でも冷静に考えてみれば、自分の専門分野以外の事に責任を持てないのは当たり前のことだと気づくんですけどね。


一般の仕事でもそうですよね。


私が通っている病院はがん専門。


そんな事はないと思うけど、仮に患者100%ががん患者だったとして、その全員の心に寄り添うなんて主治医にはできないと思うし、ましてや個々のニーズに応えるなんて恐らく無理。


主治医の立場からしたら、そんな事より治療に専念したいだろうし、それだって、仕方のない事ではあるけれど、病状によって優先順位もつけなきゃならないだろう。


実際、私の二度の入院の中で同室だった方々、デイルームでお話しした方々は、その時たまたまだったとは思うけど、初期がん摘出手術で入院という人は私を含めてもごく僅か、多くはもう少し進行したがんの治療をされている患者さん達でした。


そういう状況では、自分の専門分野以外はその道のプロにお任せしましょうという事なんだろうと思う。


私の主治医も、私の言葉足らずで冷たい人のような印象を持った方もいるかもしれませんが、決してそんな事はなく、私が情緒不安定なのを気遣い、メンタルケア担当の認定看護師を診察に同席できるよう予約してくれたり、入院中精神科の先生の診察予約を入れておいてくれたり、ご自分が直接対応はしていないかもしれないけど、対応できるスペシャリストをセッティングして下さっています。


確かに、ケアのプロの方達と話した方が、決して不安が解決するわけではないけれど、ちょっとだけスッキリするし。


だって、そういう方法を知っているプロだもの。


それでも、私もそうですが、患者って主治医に1番寄り添ってもらいたいと思ってしまうんだと思うんですよね。


1番今の病状を理解している人の筈だから、その人が1番わかってくれるはず、支えてもらいたい。


そして、可能であるならば、自分を優先的に治療してほしい。


治して欲しい。


生きていたいから。


そう思ってしまうんだよね。