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奇しくも同じ24日に、二人の女性の命に関わる出来事がありました。


乳がんの手術にのぞんだ北斗昌さんと
あの世へ旅立たれた川島なお美さん。


どちらもまだまだ若い。


命について、改めて考えさせられたように思います。


病にかかると、その人の在り方やこれからの生き方が浮き彫りになるような感じがしています。


また私の場合、仕事柄、人が亡くなるということに対して、日常茶飯事に近い感じでありながらも、
死に対し、慣れるようで慣れない感覚はいまだにあります。


むしろ、慣れない感覚は忘れずにもっていたいと思う。


生きてること自体、まだ、自分にはいろんなことを体験できる可能性を与えられてる。


日常生活って、何気に流れていくようなもので、幸せはそこにたくさん潜んでいるにも関わらず、
人は自分がすでに幸せであることに、なかなか気づけなかったりするもの。


それは、幸せがあまりにも当たり前にあるから、慣れてしまう影響もあるのでしょう。


幸せだと体感するには、逆に不幸だと感じる出来事の体験により、幸せの有り難みが改めて身に染みるもの。


だからこそ、人生、いろいろあっていい。
むしろ、あった方が学びにもなるし、自身の成長にも繋がる。


川島なお美さん、ご主人は「川島なお美は、最期まで川島なお美でした。」とおっしゃっていましたが、そこに、彼女の強い意思が感じられた、一本筋の通った自分軸のようなものを感じました。


私も、最期の時は、私でありたいな、と思わせる在り方でした。


それは、最期の最期まで川島なお美さんは、川島なお美さんらしく生き抜いた、ということだから。


人生って、どれだけ、自分らしく生き抜いていけるか?


川島なお美さんの生き様に学んだような、そんな深い感慨を覚えています。


そしてそれは、北斗昌さんにも同様なことがいえる。


大切な家族のために、生きることを優先した北斗昌さん。


どんなに苦しみ、葛藤したことか、計り知れないけれど、何を大切に生きていくのか?
その姿勢を垣間見て、またも学ばせて頂きました。


どちらもとても素敵な女性です。


川島なお美さんのご冥福と、北斗昌さんの快復を心よりお祈り申し上げます。