「愛する」、というのは能動的な動詞の行為で、
ただ、「愛でいる」。
つまり、
愛というエネルギーを発している状態こそ、
本当の「愛」の本質なんだということ。
エネルギーとしてみた場合、
「愛する」という状態は、
「愛されたい」と表裏一体になっていて、
これを、「エゴ」つまり、自我、の状態だと、
エネルギー的には、承認の欲求と結びついて、相手をつなぎとめる(自由を奪う)
エネルギーになる。
愛念、というもの。
執着に転化するエネルギー。
無我になると、
ただ、
「愛の状態」でいられるようになるってこと。
愛にも、次元がある。