《サウンド・オブ》
夜のにおいがしそうなくらい、綺麗な黒い空の下をがたん、がたん、と終電が通り過ぎていく。そんな窓の向こうを背にして、私はソファーで膝を抱えてうずくまる。アイボリーのソファーが慰めるみたいに私をうけとめる。
a.m.2:00。
テレビのリモコンを手にしてチャンネルをくるくる変えてみるけれど、なにもピンとくるものがなくて、テレビを消した。もう癖みたいに携帯に手をのばす。右の親指が器用に動く。軽く携帯依存症とかなのかな?ピッピッピッ・・・と電話帳めぐりを始める。かなこ、りさ、あや、・・・まだ起きてるかな、でも彼女たちに話したって何も変わらないじゃない。ピッピッ、という電子音だけが虚しく響く静まり返った部屋。不意にたくちゃんの名前が表示されて、ドキッとしてしまう。溜め息をついて、携帯をまた充電器に預ける。さっきとは違うピッという音が鳴って、小さな赤いランプが灯る。夜が、長い。
たくちゃんと喧嘩して、連絡をとらなくなってから、もう三日・・・、んーん、まだ三日。原因は覚えてないくらい馬鹿らしい口喧嘩のはず。私は素直じゃないから謝ったりできない。ものすごい意地を張ってしまう。
ソファーの上で、右手の薬指のペアリングとにらめっこする。たくちゃんが隣にいないソファーはなんだか大きくて、たくちゃんのやわらかい髪がなくて、ちょっと頼りない気もするような、でも大好きなその腕がなくて。たくちゃんは、隣にいない。私だけの、余るようなソファー。アイボリーってこんな淋しい色なら、もっと、黄色とか赤とか、原色系を選んでおけばよかった。
静寂にいたまれなくなって思わずまたテレビに頼ってしまう。ぱちぃん、と電源が入って、じわっと映像が浮かび上がる。映画のチャンネルに切り替わったとき、はっと手が止まってしまった。これは。
覚えてる。はっきり覚えてる。初めてのデートはものすごく緊張して、ミュールがカツンカツン鳴るのが妙に気になって。でも繋いだ手から、たくちゃんも緊張してるんだってこと知ってた。映画見に行ったのに二人とも緊張してて映画どころじゃなかったけど、一生懸命映画に入り込んでるふりをした。
―――たくちゃん。
気付いたら最後まで見ていたみたいで、エンドロールが画面を下から上へと流れていた。なのに上から下へと流れていくものが頬に伝っていて、慌てて手のひらでごしごしと目をこすった。真夜中なのに空気があまりにも夕暮れちっくなものを帯びていて、だめだ、と思い立ち上がった。フローリングをぺたぺたと足音がついてくる。小さな冷蔵庫をあけて、ミネラルウォーターのペットボトルを手に、パタンと扉を閉めると、扉に入っているものが一瞬動く音がする。おいかけっこ。
握力のない私のボトルをいつもあけてくれる彼がご不在なので、仕方がない、と頑張ってみる。シュゥっと軽い音が脱力感を呼ぶ。ひとくち、またひとくちと流れ込むものがのどを冷やして、あたまを冷やしていく。ああ、まだ一時間しか経っていない。a.m.3:00。夜が、長い。
ピンポーン。
あまりの唐突さにびくっとしてしまう。跳ね上がってしまうくらい。真夜中の来客は心臓に悪い。真夜中にもほどがある。しぶしぶ立ち上がって、はーい、とやる気のない返事をする。目は赤くないだろうか、と心配してまた手のひらでこすりながら。玄関の明かりのスイッチがパチッと鳴って、オレンジ色の温かいひかりが広がっていく。まったく、誰だよ。
「ゆり。」
温かい音。待ちわびた音。
Fin.
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中学生くらいの時にまとまった文章なので、拙いのゎお許しを。笑
《エレベーター、ガール》
よりこ。ずっと隣に住んでいて、幼稚園から高校まで一緒の、私の幼馴染。昔はいつも一緒にいたのに、中学の途中くらいから、よりこは私とべったり一緒というわけではなくなった。というのも、よりこが昔に比べてがらっと変わってしまった。髪は茶髪でゆるく大きなウエーブ、ひらひらする短いギンガムチェックのプリーツスカートから綺麗な白い足がのびる。人形みたいな目にはたっぷりのマスカラで、更に強調される。 (今もそうである私が言うのもなんだけど) 昔のよりこは並みの並み、だけど今のよりこは、モテ系女子高生ってやつだ。だからたぶんよりこは私なんかといつも一緒にいようとは思わないし、私も特に踏み込もうとは思わない。もしかしたら、それが私とよりこの昔からの暗黙の了解なのかもしれない。一緒にいるのは、朝、うちを出てから電車を降りるまで。二人ともめったなことがなければ、いつも同じ時間に家を出る。そして、二人並んで自転車のペダルをこぎ始める。
今の時期は、近所のアジサイがものすごく綺麗に咲くことに気付いた。色が、ひとつひとつ微妙に色が違っている。でもこのところの日照りで、花びらが乾いているようだった。色が褪せて、先が茶色くなっているみたいだ。そんなアジサイの通りを、赤と銀の自転車が通り過ぎていく。赤い自転車に乗ったよりこが片手でスカートを抑えて、「あついー、あついー」に濁音をつけてだるそうにペダルを踏む。真っ白な足が痛いほどの太陽を浴びて、毎年気付くと日焼けしていたりする。今年はまだだけど、ほんのりと、よりこのひざが色づいた気もする。
「最近マスカラ買ったのね、ウォータープルーフの。めっちゃ調子いいんだぁこれ。あ、でも、そろそろファンデなくなりそうなんだよねー。次何にしようか迷ってんだけどさぁ。」
もちろん私はそんな話題に乗り切れるほど化粧に通ではない。よりこもそれはわかっている。でもそれは私に対する厭味でもなんでもない。私は、いつもよりこの話が朝食みたいなもんなんだ。毎日ギリギリの時間に起きるから朝食はパンを一枚かじる程度。おなかの空いてるスペースにおしゃべりなよりこの話がたまって、私はそれをゆっくり消化する。
「やよい、もうすぐ期末テストでしょ、そのうち英語のノート、コピーさせて。」
「うん。」
私たちは地下の駐輪場へと自転車を引いて歩き出す。だるそうに、でもどこか颯爽と進むよりこの後ろに、私が続く。管理人に、おはようございます、と挨拶してお決まりの場所に自転車を止める。
地下の駐輪場から駅の改札口までは、小さなエレベーターに乗る。上へ昇るエレベーターは好きなんだけど、どうもこのエレベーターは好きになれない。ボタンが押しづらいし、なによりどよどよ籠もった空気が今にも灰色に染みていきそうで。梅雨の蒸し暑い時期のこのエレベーターの中身は本当に、取っても取っても取りきれないような最悪の何かが棲みついている。救いは、ガラス張りなことくらいだ。コンクリで固められた地下を過ぎて、バスターミナルを過ぎて。通学通勤ラッシュだから、下を歩く人が早足で過ぎ去って、階段を駆け上がる。エレベーターも、昇り、昇る。
ここでもよりこは「あついー、あついー」に濁音をつけてだるそうに言う。私もさすがに耐え切れずに、よりこ化して同じことを言う。よりこが暑そうに髪を耳にかけると、青いピアスと目が合った。綺麗だ、と思った。ピアスも、ピアスをつけたよりこも。まぁ、よりこは私がそう思っているとは思わないのだろうけど。
エレベーターみたいだ、と私は思う。私の視点もちょっと背伸びして、よりこの視点まで連れて行かれる。でも、私は視点を変えてもらっているだけ。よりこのように変わっていくことが、できない。やよい、と振り返る、よりこ。まい、えれべーたー、がーる。
電車を降りれば、私たちはそれぞれの歩調で歩き始める。じゃあね、も、またね、も、あとでね、も、明日ね、も、私たちにはない。学校という同じ生活の場を共有しながら、異なる生活の場にいる。これもまた、私たちが今まで通りにやってきて、やっていくための、暗黙の了解なんだと思う。
そんな日曜日の昼、久々に雨が降った。激しく降ることはなかったけれど夕方になっても、どこまでも続く線のように、止むことが無かった。音も無く、静かだった。テレビのニュースでは恵みの雨なんて言っているけれど、渇水で困っている人には申し分けないけど、ただでさえじめじめしてるのに雨でさらに湿度が高くなるなんて、本当に勘弁して欲しい。朝からエアコンを付けっぱなしだったので、換気をしようとふと窓を開けた。窓からは例の通りのアジサイが見えた。花にはやはり恵みの雨なのだろう。気のせいか鮮やかに見える。アジサイの写る私のフレームに、淡い水色のワンピースを着た女の人が写り込む。髪もワンピースもずたずたに濡れている。駅からこの雨の中歩いてきたのだろう。女の人、だと思っていたのだけど、近づいてくるうちに、よく見る姿がぼんやり重なって、はっとした。
「よりこー?」
窓から身を乗り出すと、しとしとと雨が私を迎えるみたいだった。でも雨に歓迎されるような気分でもなかったので、大きく彼女の名を呼んで体勢を立て直した。今日はなんだか大人びた服装をしているけど、よく見たら彼女に違いなかった。彼女は何も言わずに顔を上げ、私を見た。水も滴るいい女なんていうんじゃなくて、本当にずぶ濡れだった。おそらく最近自慢していたウォータープルーフのマスカラ落ちて、目がパンダになっている。
「よりこ、駅から歩いてきたの?」
彼女は大人しく首をこくんと縦に下ろした。恰好からして、デート帰りとかなんだろうか。
俯きかげんで歩く彼女は、まるで地階に呼ばれて下るエレベーターみたいで・・・・・・、
「けーたのばかやろー!」
私が間違っていた。「最上階直通の高速エレベーターみたいで、」に、訂正しなければならない。家の前まで着いて、突発的に彼女は叫んだから。
さすがに私も吃驚した。高速エレベーターは耳がおかしくなるものだ。同様に娘の声に驚いたよりこのお母さんが、慌てて家から飛び出してきた。
「あんた何やってんのよ、近所迷惑でしょ!」
おばさんが困ったような声で彼女を叱り、ほら早く入んなさい、と彼女の背中を押しながら、私に気付いて苦笑いした。
よりこは私の持たない世界を持っていて、こんなに近くに住んでいても遠い遠い世界なのだ。いつ、そんなところへ辿り着いたのだろう。よりこにも、エレベーターがあるのだろうか。
翌日の朝、よりこは何食わぬ顔でさらっとしていて、昨日のことを聞かされた。「けーた」がよりこに冷たくしたこと。「けーた」が浮気したこと。よりこが「けーた」に嫉妬したこと。よりこが「けーた」を振ったこと。つまり、「けーた」はよりこの彼氏だったひとで、昨日から元彼になったこと。
「・・・・・・なんでよりこ、そんなひと好きだったの?」
「うーん・・・・・・、あたしにないものいっぱい持ってて惹かれたのかな?」
エレベーター。よりこのエレベーターか。
「でもまぁ、ふっきれたことだし、もういい!」
きっとよりこが変わってきたのはひとつのエレベーターのせいじゃないと思う。きっとよりこはいろんなエレベーターを乗り換えてきたんだ。そんな気がした。
いつもより遅く帰宅すると、隣の家の前でそわそわした男子高校生が立っている。誰だろう、と知っているはずもないのにちらっと顔を覗き込む。すごく、大人びた綺麗な顔立ち。思わずそのひとと目が合った。ちょっとあたふたしながら、
「あの・・・・・・、よりこって、もう帰ってますかね?」
顔に似合わず、高めの声がまだ少年っぽくてアンバランスだと思った。
「けーた、さん?」
質問にも答えず、失礼なことを聞いてしまった。なぜか興味が湧いたのだ。
「あ、はい・・・?」
「よりこ、今日は友達と騒ぐぞー、って言ってたんで、まだだと思いますよ。」
「あ、どうも。」
心臓がドキドキした。私のエレベーターの、エレベーター。できるだけイビツにならないように軽く笑い、急いで家に入った。おなかの中がなにかふつふつとして、くすぐったいみたいだった。
自分の部屋に戻ると、以前自分で恥ずかしがりながらこっそり買ったマニキュアを入れた、小さな引き出しを開けてみる。深い藍色の、ラメが入ったマニキュア。初めてねじるキャップは案外きついものではなくて、開けたとたんに鼻にきついシンナーみたいな匂いがとげを刺す。そうっと、そうっと、右足の親指にのせてみた。指を曲げると、きらきら光って反射した。学校へ行くのも、靴下をはくからばれることはない。
足の爪全部に塗り終わる頃には、部屋の中は慣れない匂いでいっぱいになってしまって、外へこの空気を逃がそうと窓を開けた。街灯の下、静まり返った夜の道に、ぼんやりとひっそりと、アジサイだけがこっちを見ていた。
Fin.
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これゎ大学1年の前期の授業でレポート提出したやつです。
気に入ってくださった方ゎ《サウンド・オブ》にも目を通していただけると幸いです。