こんばんは。Catherineです。

 

昨日は満月🌕でしたね。とても綺麗にみることができました。

ちょっとづつ、暖かい春に近づいていますねチューリップ赤

 

もう少し温かくなったら、テラスがある素敵なバー夜の街で飲めたらどんなに倖せだろう!

と思いますが、アルコールを飲まなくなって、5年たつこの頃であります。

(もう体が受け付けなくなってしまいました💦)

 

 

続き↓

 

Kとの出会いは、私の視野をぐわ~~と広げてくれ、

私の人生を大きく変えてくれました。

日本では、絶対に見聞きしない数々のことを教えてくれました。

 

彼の国は、

ひらめき電球イスラム教の影響が色濃い小国で

ひらめき電球当時ヨーロッパ最貧国

ひらめき電球ネズミ講で話題になった

 

ところです。なので、男の人がヨーロッパへ出稼ぎに行くことが当たり前で、

彼らは家族を残して出稼ぎに来ています。

家族が多いのも、このお国の特徴で、

おじさん、いとこ、はとこ、カナリ遠い親戚たちと、たくさんお会いしました。

 

そんなお国出身の彼らは、正規ルートで西側には渡れません。

 

Kは、このまま国にいても将来はわからないと思い、

16の時に親戚の人と国を出ました。

その時タイムリーで起こっていた旧ユーゴスラビアの紛争の難民だ、

といって西側へ渡れたそうです。、

 

まず!何も世界のことなんて知らないわたくしは、

 

え???難民??!!

 

と、単語にびっくりしてしまい。。。

でも自分の国に未来がなければ、私も同じことをしたと思います。

(元夫の家族も難民でした。)

 

次に、家族に会える時って、、、

イギリスに来てもらうか、自分が本帰国するか、その二択じゃん??!!

日本のパスポートの威力、移動の自由があるって、べらぼーにすごいことじゃん!!!!!!

と、スーパー衝撃的でした。

 

そして、家族にずっと会えない、母国に長期で帰れないでずっと働くって、、、

相当なコミットメントをしている彼らに、吹き飛ばされそうでした。

 

サポートがあってロンドン行きが実現した、小娘のわたくし。

 

よりより未来のために国を出てきた彼ら。

 

同じロンドンにいるのに、こんなに状況が違う人々がいるということを

目の当たりにしました。

 

わたくしがお会いした方々全てが、建設業で働いていました。

IDチェックも厳しくなく働けて、“大変だけど手っ取り早く稼げる”仕事なんだそうです。

 

ちゃんと税金も納め、問題もなく生活している彼らに

明るい未来があることは、切に願うことなのですが、、、。

 

当時の記憶で少しあいまいなのですが、

どんなステイタスの人でも10年以上イギリスに滞在すことが証明できれば、

イギリス国籍を取れる?申請できる?制度があったと思います。

 

もうKは10年以上イギリスから出ていないと思うので、

パスポートを取得しているのかな、、、?)

 

 

今日は、事実説明、みたいになってしまいましたね。

次はカルチャーショックや、思い出を書いていきたいと思います!