Yahooニュースに
こんな見出しが

92年ぶり4強ならず…
な、なに


1人の選手が92年間も現役なのか!?
と思って本文を読んだら
錦織、準々決勝でデルポトロに敗れる
スポニチアネックス [8/3 01:21]
要は
ベスト4になってれば
日本人選手としては
92年ぶりなんだそうです。
果たして
こういう日本人としては○○年ぶり
という記録の引用になんの意味があるんですかね?
本人だって感想聞かれても
はぁ そうだったんですか
としか 答えようがないです。
もし、街頭インタビューで
錦織選手惜しかったですね。
4強なら92年ぶりだったんですが
どう思います?
って聞かれてもね

同一人物の○○年ぶりなら意味があると思います。
その点で密かに注目してるのが
馬術の法華津寛さんです。
1941年3月生まれの71才ながら
お達者です。
初オリンピックが
1964年10月の東京オリンピック。
48年前です。
初出場から今年は48年。
という同一人物での○○年なら意味がありますよね。
昨日の競技後に
ブラジルのメディアから
是非リオにも来て下さい
と言われたそうです。
ならば
2010年大会に東京が立候補してます。
8年後に79才で出場したら
大快挙

ですよね?
同一人物による56年ぶりの同一開催都市のオリンピック出場!
たぶん破られない大記録かと。
東京に始まり東京で終わる
そこで不謹慎ながら
法華津寛さんの幸福な死に方を考えてみました。
そうあれば今から30年前の2020年10月×日のことじゃった。
79才の法華津選手は
馬場馬術の種目に出場したそうじゃ。。
愛馬は北京大会以来の
ウィスパー号と言ってな。
鞍上で軽快に御しているその姿は
まさに人馬一体


だったそうじゃ。
すると
競技途中で
法華津選手の首がうなだれたまま顔を上げなくなったのじゃ。
異状に気付いた大会関係者が駆け寄ろうとしたら
責任者が
待て


と言ったのじゃ。
ウィスパーが競技を続けていたからじゃよ。
まるで法華津選手が操っているかのように
見事なステップを見せてのぉ。
そして見事に停止。
観客のみならず関係者まで全員が立ち上がっての万雷の拍手をしたそうじゃ。
そう法華津選手は
心臓発作で亡くなっていたのじゃよ。
だけど愛馬の手綱を放さず、
愛馬もまた異変に気付いたが長年の訓練通りに歩んでいたのじゃ。
IOCと国際馬術連盟は
競技中の死去であっても
見事な馬術だったと
金メダルにしたそうじゃ。
さらに国際馬術連盟は
馬場馬術の種目名を
HOKETSU
と改称したんじゃ。
今じゃHOKETSUと言ったら馬場馬術を意味するのは
子供でも知っとるじゃよ
法華津選手の記念碑は開場となった世田谷の馬事公苑に建てられ
今も訪れる人が絶えないそうじゃ。