修学旅行に行ったことありますか?
僕は中学、高校の2回もあります
スゴイデショ?
しかも2回とも奈良・京都でした
スゴイデショ?。
中学は
往きは品川駅から修学旅行専用夜行列車「日の出号」です。
夜行列車といったって
寝台なんかありません。
四人掛け向かい合わせのノーリクライニングの固い椅子です。
制服のまま通路に新聞紙引いて寝ました。
正直しんどかったです。
米原で下車して
あとはバスです。
琵琶湖~奈良~京都
帰りは、京都駅から新幹線、当時約3時間。
早い
だったらなぜ往きも新幹線にしない

バスガイドさんて当たり外れありますよね?
2組のガイドさんの方が可愛いじゃないか

とか
今日は当たりだ
というのが。
当たりのバスガイドさんだと
僕と友人は前に座ります
。
僕と友人は、しばらくの間、その当たりのバスガイドさんと文通してました。
僕と友人がバスの前の方でいつも下らない冗談を言ってたのが
気に入られて
写真撮影のときも
僕らいつも前列端っこだったから
いつも並んでました。
といっても格別美人ではなく
若い頃のうつみみどりに似てたかのような。
で、そのバスガイドさんが、研修で東京に来たときに
ちょっと会って
お茶して話したら
以後文通はしなくなりました。
「大人になったらまた京都に来てね。」
それを真に受けて
高校のとき
修学旅行で京都に行くからと
手紙を書いたんですが
返事は来ませんでした
(苦笑)
高校のは
私服(都立は制服無し)で
往復新幹線でしたから
楽でしたぁ。
トイレで
喫煙出来るし
先生もいない車両にまで行き吸ったり。
現地は完全グループ移動。
宿舎での夕食と
その後の門限、確か9時半ぐらいだったか。
奈良ではしませんでしたが
京都では、
友人が
女性と京都の夜の街を歩きたいと言い、
言い出したら聞かないので、
同行することになりました。
新京極は、修学旅行生の宿舎が多くて
喧嘩が多いじゃないですか?
喧嘩よりめぐり合いがテーマでしたし、
私服の僕らは
他校の修学旅行生にからまれないように
「そやなぁ」
などと京都弁を巧みに?使い新京極を何往復したか。
「いないじゃないか?
」
おい、突っ張り修学旅行生たくさんいるぜ
「おらへんなぁ」
まるで、冷戦下、モスクワに潜入したCIAのスパイです。
すると友人が急に走りだしました
僕の意見も聞かず
「すいません。地元の方ですか?」
「えっ?」
振り向いた2人はなんとも美人。
「僕たち東京から修学旅行で来たんです。地元の方と仲良くなりたくて。」
「私たちも東京から来たのよ。」
「それでもいいです
」
(むしろその方がまた東京で会えるし
)
「おかしな子たちね
何年生?」
「さ、3年です。」
「じゃあ、18かあ。じゃあ、お酒も飲めるね?」
「はい
」
※お酒は二十歳からです。
飲めるね?というのは
飲んだことはあるわね?
という意味です。
「学生に出させるわけにはいかないわね
」
で、コンパに行き
話しましたら
立川の先の横田基地の近くの福生から来てて
2人ともハーフでした。
どおりで美人なわけです。
年は25才。タイプの小柄。
当時、ゴールデンハーフって
外人4人組の歌手いたの知りません?
黄色いさくらんぼがヒットしたり。
彼女たち2人は
福生のディスコでゴールデンハーフとは
「まぶだちよ」なのだそうです。
でも、ゴールデンハーフのエバやマリアなんかよりは
全然可愛く
お店を出て
鴨川?、賀茂川?
べりまで行き川沿いに座ってキスぐらいしたかったのですが
門限があるため
橋の上で2組に別れてお話しして
電話番号を交換し
軽くチュッだけして
別れたんですが
30分ぐらい歩いて来た道を10分ぐらいで戻らないと行けなくて
走りました。
まだ酒を飲み慣れてないから
たった1杯のジンフィズで酔いが回りました。
宿舎に着くと
玄関には先生たちが
玄関を閉めるために
集まってます。
他の連中も続々と門限ギリで帰ってきます。
時間はセーフでしたが赤い顔して帰ったら。
そこで
玄関の脇で呼吸を整え
ゆっくりゆっくりと玄関に。
担任と目が合ったら
ニヤリと笑われました。
バレてます
。
なんのおとがめもなく
担任は
早く入れ!と身振りで合図。
おおらかで良い時代でした。
この先生
僕らが校内喫煙が見つかったときも
「学校でタバコを吸うなんてな。学校で。」
「おまえらこの意味が分かるな。」
要は、学校では吸うな
という意味の注意で
停学3日間。
開始日は、二学期の終業式の翌日から
というなんとも温情ある処分でした。
停学初日。地元のパチンコ屋で
吸いながらパチンコしてました
先生や、そんな25才の彼女たちが
一番の思い出の修学旅行でした。
そんな修学旅行に行ってから
かれこれもう50年以上、
いやまだそこまではいきませんが、
30年以上経ってます。
また行ってみたいと思いませんか?
高校のときは
あまり寺社仏閣を見なかったしなぁ
と思ってましたら…、
なんと
常磐薬品の眠眠打破、強強打破を買うと
修学旅行に行けるとTV、CMでやってました。
単なる旅行ではなく
修学旅行ですから、勉学しにいくわけです。
どこかなぁワクワク。
京都奈良なら
寺社や遊郭、じゃなかった城郭もあるからなぁ
そんな純粋な向学心から応募しました。
6本だと応募2回分。
SDNと行く大人の修学旅行の応募券?
はて、なんのことでしょう?
SDNってNHK、RKBとか放送局の略称ですよね??
キットソウダ。
当たると行けるのは11~12月。
行き先は
箱根、彦根、白浜からのチョイスなんですが、
彦根城や安土城はもう行ったので
今度は小田原城を見たいから
箱根にしました。
箱根なら帰りに小田原寄ったり
湘南地区の名所旧跡も見れるし。
楽しみです。
僕は中学、高校の2回もあります
スゴイデショ?しかも2回とも奈良・京都でした
スゴイデショ?。中学は
往きは品川駅から修学旅行専用夜行列車「日の出号」です。
夜行列車といったって
寝台なんかありません。
四人掛け向かい合わせのノーリクライニングの固い椅子です。
制服のまま通路に新聞紙引いて寝ました。
正直しんどかったです。
米原で下車して
あとはバスです。
琵琶湖~奈良~京都
帰りは、京都駅から新幹線、当時約3時間。
早い

だったらなぜ往きも新幹線にしない


バスガイドさんて当たり外れありますよね?
2組のガイドさんの方が可愛いじゃないか


とか
今日は当たりだ

というのが。
当たりのバスガイドさんだと
僕と友人は前に座ります
。僕と友人は、しばらくの間、その当たりのバスガイドさんと文通してました。
僕と友人がバスの前の方でいつも下らない冗談を言ってたのが
気に入られて
写真撮影のときも
僕らいつも前列端っこだったから
いつも並んでました。
といっても格別美人ではなく
若い頃のうつみみどりに似てたかのような。
で、そのバスガイドさんが、研修で東京に来たときに
ちょっと会って
お茶して話したら
以後文通はしなくなりました。
「大人になったらまた京都に来てね。」
それを真に受けて
高校のとき
修学旅行で京都に行くからと
手紙を書いたんですが
返事は来ませんでした
(苦笑)高校のは
私服(都立は制服無し)で
往復新幹線でしたから
楽でしたぁ。
トイレで
喫煙出来るし
先生もいない車両にまで行き吸ったり。
現地は完全グループ移動。
宿舎での夕食と
その後の門限、確か9時半ぐらいだったか。
奈良ではしませんでしたが
京都では、
友人が
女性と京都の夜の街を歩きたいと言い、
言い出したら聞かないので、
同行することになりました。
新京極は、修学旅行生の宿舎が多くて
喧嘩が多いじゃないですか?
喧嘩よりめぐり合いがテーマでしたし、
私服の僕らは
他校の修学旅行生にからまれないように
「そやなぁ」
などと京都弁を巧みに?使い新京極を何往復したか。
「いないじゃないか?
」おい、突っ張り修学旅行生たくさんいるぜ
「おらへんなぁ」
まるで、冷戦下、モスクワに潜入したCIAのスパイです。
すると友人が急に走りだしました

僕の意見も聞かず
「すいません。地元の方ですか?」
「えっ?」
振り向いた2人はなんとも美人。
「僕たち東京から修学旅行で来たんです。地元の方と仲良くなりたくて。」
「私たちも東京から来たのよ。」
「それでもいいです
」(むしろその方がまた東京で会えるし
)「おかしな子たちね
何年生?」「さ、3年です。」
「じゃあ、18かあ。じゃあ、お酒も飲めるね?」
「はい

」※お酒は二十歳からです。
飲めるね?というのは
飲んだことはあるわね?
という意味です。
「学生に出させるわけにはいかないわね
」で、コンパに行き
話しましたら
立川の先の横田基地の近くの福生から来てて
2人ともハーフでした。
どおりで美人なわけです。
年は25才。タイプの小柄。
当時、ゴールデンハーフって
外人4人組の歌手いたの知りません?
黄色いさくらんぼがヒットしたり。
彼女たち2人は
福生のディスコでゴールデンハーフとは
「まぶだちよ」なのだそうです。
でも、ゴールデンハーフのエバやマリアなんかよりは
全然可愛く
お店を出て
鴨川?、賀茂川?
べりまで行き川沿いに座ってキスぐらいしたかったのですが
門限があるため
橋の上で2組に別れてお話しして
電話番号を交換し
軽くチュッだけして
別れたんですが
30分ぐらい歩いて来た道を10分ぐらいで戻らないと行けなくて
走りました。
まだ酒を飲み慣れてないから
たった1杯のジンフィズで酔いが回りました。
宿舎に着くと
玄関には先生たちが
玄関を閉めるために
集まってます。
他の連中も続々と門限ギリで帰ってきます。
時間はセーフでしたが赤い顔して帰ったら。
そこで
玄関の脇で呼吸を整え
ゆっくりゆっくりと玄関に。
担任と目が合ったら
ニヤリと笑われました。
バレてます
。なんのおとがめもなく
担任は
早く入れ!と身振りで合図。
おおらかで良い時代でした。
この先生
僕らが校内喫煙が見つかったときも
「学校でタバコを吸うなんてな。学校で。」
「おまえらこの意味が分かるな。」
要は、学校では吸うな
という意味の注意で
停学3日間。
開始日は、二学期の終業式の翌日から
というなんとも温情ある処分でした。
停学初日。地元のパチンコ屋で
吸いながらパチンコしてました

先生や、そんな25才の彼女たちが
一番の思い出の修学旅行でした。
そんな修学旅行に行ってから
かれこれもう50年以上、
いやまだそこまではいきませんが、
30年以上経ってます。
また行ってみたいと思いませんか?
高校のときは
あまり寺社仏閣を見なかったしなぁ
と思ってましたら…、
なんと
常磐薬品の眠眠打破、強強打破を買うと
修学旅行に行けるとTV、CMでやってました。
単なる旅行ではなく
修学旅行ですから、勉学しにいくわけです。
どこかなぁワクワク。
京都奈良なら
寺社や遊郭、じゃなかった城郭もあるからなぁ
そんな純粋な向学心から応募しました。
6本だと応募2回分。
SDNと行く大人の修学旅行の応募券?はて、なんのことでしょう?

SDNってNHK、RKBとか放送局の略称ですよね??
キットソウダ。当たると行けるのは11~12月。
行き先は
箱根、彦根、白浜からのチョイスなんですが、
彦根城や安土城はもう行ったので
今度は小田原城を見たいから
箱根にしました。
箱根なら帰りに小田原寄ったり
湘南地区の名所旧跡も見れるし。
楽しみです。