今、表参道に向かう地下鉄車中です。


連結機近くの3人掛けに座ってます。

隣はカップル。


女は20代後半~34才ぐらい。

男は、40~45ぐらい。



女が身体を横向きにして座り

手は男のコートの上に置いてる。





女が 沿線の駅名を見ながら

男の顔を見つめながら
尋ねた


原宿には行く?



男が

行かないなぁ。娘はよく行ってるよ、学校帰りとか。



え?ショック!、 夫婦じゃないわけね。


男は娘と同居とみた。



考えられるのは


娘と同居しているバツイチ男と彼女。



または、
娘がいる既婚者と彼女。





あ~、どっち?



どんな関係よ?ニコニコ




表参道で降りるまでに



「俺たちって不倫関係にある同僚だよな」



と話して欲しいニコニコ


















今度の宜野湾市長選挙は


大変 重要な選挙です。









D氏の
基地問題の主張はこうですニコニコ


E氏の基地問題の主張はこうですガーン







皆さん選挙には行きましょう。




A~Cは、

別々の話で何の関係もありません。


ただ、思いつくままに話してるだけです。





だけど、

同じ人がA~Cの話を

同じ人たちに


続けて話したら



そこには意図を感じますよね。







日本の官僚がけしからんと言っている理由の一端を


分かって頂けましたかな?




彼への給料も税金が使われています。

















数日前に


差別地名、地域名を書きました




表日本と裏日本



山陽と山陰




東京の下町






下町の語源をGoogleから検索しましたら



城下町の名残というのが



知恵袋辺りで散見されました。





一瞬、 あぁ、そうだったのか


山手から見下ろしての

上から目線語じゃないのか


これは不勉強だったと思いました



が、ウィキで
城下町は城下町の定義を次のように記しています。





城下町(じょうかまち)とは、日本において領主の居城を中心に成立した都市の形態の一つである。江戸時代以降は、必ずしも城が中心とは限らず、戦闘を想定しない行政施設としての陣屋を中心としたケース(陣屋町)もあるが、それらも含めて城下町と呼ぶ。



つまり、武家屋敷なんかも城下町に含まれます、よね?




江戸城は、家康が大阪城を
しのぐようにと日本一面積の広い城でしたから





城の面積が広いということは



連れて
城下町の面積も広かったわけで。



江戸の地図を見れば
分かりますが


城下町には


日本橋、銀座、神田、上野、浅草あたりと並んで



今の芝や六本木、四谷辺りも含まれてました。


でも、これらは下町とは言わんですよねニコニコ




芝や六本木、四谷辺りは


大名屋敷、武家屋敷や寺社でした。



日本橋、銀座、神田、上野、浅草あたりは庶民や商人の町。


町人や商人は


士農工商で一番低い身分


一番下の身分の者どもが住む町



だから下町と見られてたのでは?






城下町の名残というのは


的外れじゃないけど


的確とまではいかないように思います。




ところで


江戸時代の江戸の人口は


およそ百万人だったとか。


江戸城の東側や外堀の周辺だけで人が住めた規模だったんですね。


渋谷や巣鴨辺りは田畑と川の町



板橋、品川、千住は、江戸ではなく

江戸を発って最初の宿場町だったわけで。





それからすると

今の東京は 膨らみ過ぎですよね。




なんか話がそれた?(苦笑)