26.03/01 sun. 14:35-17:15


阪急京都河原町駅から南に…

鴨川団栗橋を渡る


安井金比羅宮、八坂庚申堂、八坂の塔から

清水坂を上り詰めて 


音羽山 清水寺 仁王門





右に、西門

堂宇のならぶ階層に上る


清水寺 三重塔

経堂

田村堂

轟門

手水舎、この水盤をささえる梟がいます

朝倉堂

正面に、大黒天


本堂の外陣に座して

本尊 十一面千手観世音菩薩に納経


大鏧(だいけい)をゴーンと並び打つ方々


本堂から東に、釈迦堂

阿弥陀堂

奥の院

釈迦堂で御朱印をいただき

釈迦堂・阿弥陀堂の後方に百体地蔵堂


その右に「濡れ手観音」


奥の院、本尊は千手観世音菩薩
ふれ愛観音は、間近に

仏師で僧侶、西村公朝さんが造仏して清水寺に寄進


奥の院から本堂を望む

南に下り、折り返し音羽の滝に下るところ


西に上って、子安の塔


子安の塔から


音羽の滝

戻る道に「アテルイ・モレの石碑」

降伏し、平安京に連れられた阿弖利爲と母禮

坂上田村麻呂らの陸奥国に放ち帰すとの主張に


公卿の意見で、阿弖利爲と母禮が捉えられて

河内国□山で斬られた


音羽地蔵尊

778年、興福寺の僧で子島寺で修行の延鎮

霊夢で北に、音羽山に至った


金色の水流を辿って、滝行の行叡に出会う

あなたを待っていたと、去った行叡の庵に


千手観音像を刻し安置した

780年、鹿狩りに坂上田村麻呂訪れ

殺生の罪を説かれて観音に帰依、自邸を寄進
延鎮と共に観音を祀った

清水寺では行叡を元祖、延鎮を開山、
田村麻呂を本願と位置づけている



16番 音羽山 清水寺 
宗派 北法相宗 
開山 延鎮 
創建 778年 (宝亀9年) 
本尊 十一面千手観世音菩薩 
 おん ばざら たらま きりく


茶碗坂を下り、南に
大谷本廟 (西本願寺)




西に、京阪清水五条駅に至る。

26.03/01 sun. 14:35-17:15


阪急京都河原町駅から南に…

鴨川団栗橋を渡る



東に団栗通り
建仁寺沿いに右折、北門を左折

折れ折れて、安井金刀比羅宮南鳥居

「縁切り神社」悪縁を切り良縁を結ぶ


本殿に参拝

形代 (かたしろ) 身代わりのおふだに
願いを書き、手に持って

縁切り縁結び碑を表から裏に
裏から表に潜り、形代を貼り付けます
数十人並ばれていました
東鳥居

安井金比羅宮

主祭神 崇徳天皇・大物主神・源頼政

創建 1275年 - 1277年 (建治年間)

別名 縁切り神社


安井金比羅宮から、ひと筋南
八坂通りを東に上り

「八坂の塔」手前に「八坂庚申堂」

「大黒山 金剛寺 庚申堂」

本尊 青面金剛に参る

賓頭盧さん

通称「八坂庚申堂」は

大阪の四天王寺・東京の入谷 (現存せず) と

日本三庚申 に数えられる


吊るされたカラフルなお守り

くくり猿」欲を我慢することで

願いが叶うと言われています


「八坂の塔」は、法観寺 五重塔

霊応山 法観寺

宗派 臨済宗建仁寺派

創建 589年 (崇峻天皇2年)

開基 聖徳太子 (伝)

本尊 五智如来


別称 八坂の塔


二寧坂 (二年坂)を上り、振り返って…


産寧坂 (三年坂)から、清水坂に入り

音羽山 清水寺 仁王門

(つづく)

26.02/23 mon. 13:20-15:39


大阪メトロ中百舌鳥駅から

ニサンザイ古墳


神野公園から南に、家原寺

境内に北東から参ると、三重塔


塔回りに、文殊菩薩

梵天像?

玄奘三蔵像?

薬師堂

南西に下って、本堂


本尊 薬師如来に納経

むかし、チョークで落書き?
合格祈願の学校名とか…

今は、ハンカチに書いて押しピン
本堂に押しピンも、おおらか

本堂から西側に、竜頭観世音菩薩像

境内西側

行基菩薩誕生塚

開山堂

南側に、地蔵堂

水掛地蔵菩薩像

弁財天堂

聖観世音菩薩像

不動堂

仁王門



寺伝によると、704年 (慶雲元年)

行基が生家を寺に改めたのに始まるとされ


叡尊が、1245年 (寛元3年) 再興



3番 一乗山 家原寺
宗派 行基宗 
開山 行基 
開基 聖武天皇 
創建 704年 (慶運元年) 
本尊 文殊菩薩
  おん あらはしゃ のう


北西に、15分ほど
JR津久野駅に至る。