キッチンのシンク上の電動洗ったもの置き場(正式名称不明)にはキッチンペーパー置き場があった。
数日前から上下の開閉の動きがスローにおなりになっていたのには気づいていた。
特に気にしていなかった。
相棒さんに「ここ、使わないでね」と言われていたのに、コップを置かないようにしようと意識はあったけど、鶏皮を焼いてるときに出る油を拭き取ろうとつい電動洗いもの置き場をさげてしまったのだ。そのときも全く気づかず少し下がったままの状態でキッチンペーパーを取り出すと料理を完成させ満足気に食事を貪っていると、
「下ろしちゃったんだ」落胆の声
無意識に下ろしたので自分が掟破り(わら)をした事に全く気づかず
「あたしじゃないよ。パパがおろしたんだなーと思ってた(下ろすなっていったくせに)」
と、本気でそう思っていた。
反応がないので違うのか?と記憶を類い寄せてみると
「あ!あたしだ」
と言い直してそのままにしておいてと言いたいが、もうおそかった。
少しだけ下がった筈のその大きな物体は下まで下がり完全に窓を塞いでいる。調味料がとれないところで動かなくなってしまっている。

換気扇の掃除を満足気に終わらせて、それなら僕もあなたの手の届かないところをやりましょう的に綺麗に仕上げてくれたあのときと同じことがまた起こった。その後換気扇は動かなくなった。
と、わたしは思ってしまったのだが、また今回も
わたしがやってしまったのだが、あのままにして置けば急いで修理しなくても何ら問題はない。
しかし窓を塞いでしまうと少し問題だ。
しかも使いづらい。
わたしは
なんでこんな風にする現実を作ってしまうのかと思いを巡らせた
出てくる答えは、捨て活
実家では捨て活を率先してやり遂げいい気になっていたが、肝心の自分の暮らす家は?
まだまだ中途半端である
やりたかった筈なのに…
要らないものは処分して、お気に入りだけにして、スッキリ暮らそうとしていたことを思い出した
今回もなるべくして作ったのか?
そう思うことにした。
手始めに
調味料置場がなくなったわけで新たに置場を確保しなくてはいけない。手の届く範囲に置場をこしらえるには余り使わないものを断捨離した。明日は資源ごみの日で調度いいタイミングだった。ということにした。
今年はとにかく換気扇といい、今回の修理になるかどーだか、といい大きな出費(買い物)が巡ってくる年なんだなー。
必要だからその分もなんとかなる筈
うまくいくもんだな~
と、呑気なわたしはお片付けを終わらせた。
これで明日もお弁当が作れるよう整った。
またまた読書ブームが訪れ
図書館で借りた「落日」を皮切りに湊かなえさんの本を読みながら眠りにつこうとしよう。
と、その前に
12年使った家電に感謝の気持ちを今になって伝えてみた。
壊れたときにわかるあなたのありがたさ
ありがとう。