映画『ジョニーは戦場にいった』を思い出す | 日々是口実

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年齢を口実にイヤなことから目を背ける日々
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ネットで生きる権利は憲法で保障されているけれど、死ぬ権利がないというのはおかしいのではという意見を読んだ。

最近起きた医者が難病の患者に頼まれて安楽死させた事件にからめての意見のようだ。

過去にも嘱託殺人は起きてニュースにはなるが積極的に取り上げられることはない。

本人は死にたい、しかし周りはそれを許さない。

 

今回の嘱託殺人(安楽死)である映画を思い出した。

今から49年前に作られたアメリカ映画

『ジョニーは戦争にいった』である。

当時、高校生になる前だった私は友人に誘われて見に行ったと記憶している。

あまりに陰鬱な映画だったので今でも覚えている。

 

第一次大戦で異国の地に赴いたジョニーという若者が主人公で

瀕死の重傷を負い病院のベットで寝かされているシーンから始ったように覚えているが

以下、うろ覚えですので間違っていたら許してね。

 

顔を失い(視覚・聴覚も失う)両手両足を切断された状態で、寝かされた主人公にあるのは触覚と意識だけ。

唯一動かせる頭と首を使い意思の疎通をはかるが看護婦も医師も気が付かず痛みによる反射動作と判断し沈静のための注射を打つだけ。

 

朦朧とする意識の中で過去を回想するシーンでこの映画は進められていく。

そんな中、モールス信号を思い出し試みるがやはり誰にもわかってはもらえなかったが

ある日、医師だったか看護婦が気が付きそれやっと意思の疎通ができるようになる

ジョニーは伝えた

私を見世物にし、そのお金を治療費に当ててください、それができないのなら殺してくださいと。

もちろん医師はどちらも出来ないと答える。

 

ジョニーは死ぬことも叶わず絶望と言う名の暗闇に置かれたまま映画は終わる。

 

見終わってため息しかでなかった映画でした。

当時は2本立てだったのですがメインの映画は何をみたのか綺麗さっぱり忘れてしまいましたわ。

この作品がインパクト強すぎたもので。

 

ベトナム戦争の最中に映画化されたこともあり反戦映画としての側面もあるのでしょうが、

私たちに生きるとは何かを問う作品でもあるように感じます。