ペル夫狂言自殺騒動の翌朝、ペル父から電話があった。



「ご子息が自殺未遂したので警察で保護しています。迎えに来ていただけますか。」


警察からこんな連絡を受け、急きょ上京したペル父。

到底冷静でいられるはずはない。


ドラ実はそう思っていた。


しかし、電話口のペル父は冷静だった。
気味が悪いほどに。



ドラ実はペル夫の様子について質問した。
栄養状態への懸念を伝えた。


ペル父「まぁ、それはこっちの問題なんでね。ドラ実さんに心配してもらわんで結構です。」


は?

今まで誰がそのヘタレ息子の世話してきたかご存知ですか?

何度相談しても取り合わなかったのはどなたですか?

「人はそう簡単に死なへんから」
とおっしゃってませんでした?

「関わりたくない」
のではありませんでした?

突然、ヘタレ息子はドラ実には関係のないアスペル家の問題になるんですね。




ペル父は無関心を貫いた期間を遡り、ドラ実に経緯を説明させた。

思い出しながら涙に声を詰まらせるドラ実に対し、ペル父は淡々と質問を重ねた。


ペル父「はい、だいたいわかりました。まぁ単刀直入に言うとね、もう離婚しかないと思うんですわ。ドラ実さんはどう思われてはるんですか。」

ドラ実「私はかねてから離婚を考えていました。拒んでいたのは、ペル夫さんです。お義父様がペル夫さんに代わって協議に応じていただけるのであれば、離婚を進めたいと思います。」

ペル父「そうですか。まぁこちらも専門家にも相談してましてね。離婚いうんは、双方に原因があるわけで、100%どっちが悪いゆうことはないって聞いてます。」

ドラ実「経緯も知らずにどのようなご相談をなさったのか存じ上げませんが、それは「価値観の相違」などで離婚される場合ではありませんか?私はペル夫さんに暴力を受けてたんですよ?警察から聞いてませんか?」

ペル父「詳しい話は聞いてません。被害届出さはったとは聞いてます。」

ドラ実「ええ。ペル夫さんには法の下で裁きを受けていただきます。暴力が悪いことだと、ご家庭では教育されなかったようなので。」

ペル父「ペル夫もね、金融業ですから、事件が表沙汰になったら仕事を続けられへんかもしれん。ほんまはね、専門家に慰謝料の相場も聞いてます。でもまぁ、そんな事情もあるから、ある程度、ドラ実さんの希望に沿うかたちでええと思ってます。」

ドラ実「示談を希望されるということですか?」

ペル父「ペル夫が仕事続けられへんくなったら、払えるもんも払えへんかもしれません。マンションも売らなあかんかもしれません。ドラ実さんも困るでしょう。」

ドラ実「私は今すぐにでも離婚できるので、後のことは知りません。お手持ちの金融資産で精算していただければ十分です」

ペル父「いくらですか?いくら欲しいんですか?」



よくわかりました。

謝罪もなく、ドラ実の怪我を見舞うこともなく、カネだけ払うから息子を無罪放免にしてほしいということですね。

ペル父が心配しているのは、息子が危害を加えた嫁の心身でもなければ、狂言自殺までした息子の心身でもない。


世間体。


有名中高一貫男子校から東大理科一類に入学し、工学部、同工学系研究科修士課程を修了。大手金融機関に入社し、官公庁への出向経験もある。誰もが羨むエリート街道を歩んできた自慢の息子。

そんな自慢の息子の経歴に「前科一犯」などとついては困るのだろう。




いくら欲しいのか?

ドラ実も見くびられたものだ。
ドラ実が、お金欲しさに被害届を出したと?
残念ながら、ドラ実さん、お金には困っておりませんの。



しかし、これは好機かもしれない。

示談の条件に離婚、慰謝料などを含めれば、早期の解決が望める。
一銭も出すもんか!と狂言自殺までするペル夫を相手にするよりも、ペル両親相手の方が話もスムーズに進むはず。



ドラ実「ペル夫さんに離婚の話を持ちかけた当時は、慰謝料として○百万円程度を想定していました。」

ペル父「ほな、○百万から始めましょか。」

ドラ実「しかし、それは事件以前の、離婚単独のお話です。ペル父さんの希望は刑事事件の示談ですよね。」

ペル父「そうです。被害届は取り下げていただきたい。」

ドラ実「少し考えさせてください。検討の上、示談と離婚に係る諸々の条件をご提示します。」

ペル父「ほな、決まったら、こっちに送ってくれますか?」

ドラ実「承知しました。ご実家に書面でお送りします。」