神戸

ローカル歴史探訪


『東須磨』から『板宿』



今回は、キャスパー大先生が、

キャスパー君として少年時代を過ごした地、

山陽電鉄『東須磨駅』からのスタートです。


『東須磨駅』

周辺には、

小学校が駅のすぐ下にあり、

公園も随所にあるとても恵まれた住宅地です。

(駅のすぐ下とは、駅地下にあるのではなく、駅すぐ南にあるとの意味です。)

キャスパー君は当然その小学校の卒業生です。



(妙法寺川沿いの公園 春は桜並木です。)

また、

北西に10分ぐらい歩くと

『須磨離宮公園』に到着します。


『須磨離宮公園』

の案内は後日として


『東須磨』から東へ800メートルほどの所にある


『板宿』

の歴史を紹介します。



『板宿』

の地名の由来


西暦901年、
『菅原道真公』が京都から九州の太宰府へと流される道中、現在の須磨付近で激しい波風に行く手を阻まれてしまった、

そんな時、
地元の村人たちが『道真公』を歓迎し

『板で囲った簡単な宿泊所』
を作ってもてなしたそうです。


その

『板でできた宿』でもてなしたことから、

『板宿』
と呼ばれる様になったそうです。

『道真公』は、
京都で大切にしていた、
梅は香りを届け、桜は悲しみで枯れたのに
松だけが何の音沙汰もないことを寂しく思い

『梅は飛び 桜は枯るる 世の中に 何とて松のつれなかるらむ』
(梅は飛んで行き 桜は枯れてしまったのにどうして松だけこんなに冷淡なのだろうか)
と詠みました。

その詩を聞いた『京都の松』が一夜にして、この地に飛来したそうです。


『道真公』が宿泊したとされる場所には、

現在『板宿八幡神社』があり



飛来したとされる松は

『飛松 天神社』として祀られており


『太宰府の飛梅』と並ぶゆかりの地として知られています。



現在も、周辺の『飛松町』や『飛松中学校』などの地名にその名を残し、多くの受験生が『合格祈願』に訪れるスポットとなっています。


ちなみに、

『飛松中学校』の卒業生でありながら

『合格祈願』に『飛松 天神社』を一度も

訪れなかったキャスパー君は、


『天神様』の祟りに触れ


大学入試のその年に『前代未聞の大嵐が吹き』

見事に桜は散って……


飛来した松の現在


大正時代に落雷で、枯死したものの高さ30メートルあったと言う松の『切り株は御神木』として祀られています。


板宿編

終わり バイチャ(^^)/~~~



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