埋立地のコタイには、ヴェネチアンマカオリゾート、
ギャラクシーメガリゾートといった
巨大な複合リゾート施設があります。

ホテルカジノの数も急激に増えていて、
フォーシーズンズやシェラトンといった
有名ホテルチェーンも進出しています。
マカオの新しい名所としても注目を浴びています。

何もなかった埋立地だけあって、
設計そのものも自由度が高く
地区全体が巨大な遊技場のようになっています。

更に、香港とタイパ島を結ぶコタイジェットの就航により
マカオ空港からだけでなく、
香港からも多くの観光客が訪れるようになっています。

南にはマカオドームあカートトラックのように
スポーツ施設も増えていて、
まだまだ開発の余地があるところです。
マカオの未来を担う地区ですね。


$小澤こずえのマカオでカジノ

マカオ半島の南にあるタイパ島とコロアン島は、
返還前より大規模な埋め立て工事が行われ、
コタイという埋め立て地域によってひとつの島を形成している。

タイパ島とマカオ半島は3本の橋でつながっていて、
会場に浮かぶ最長4.5キロという巨大な橋も
マカオの名物ですね。

ポルトガル統治時代は、ポルトガル貴族の別荘地として機能していて、
リゾート気分を満喫できるエリアです。

返還に先立つ1995年、マカオ国際空港が開港したことによって、
マカオの新しい玄関口となって、急速に開発が進んでいます。

規模としてはさほど大きくないのですが、
海の上をさっそうと滑空する飛行機の姿は、
搭乗しないまでも見ておきたい絶景です。

また、古くは漁師町であったタイパビレッジも
レストランが立ち並ぶグルメスポットになっています。

タイパにはマカオ唯一の競馬場もあるんですよ。


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南シナ海に面するマカオは、
マカオ半島と、その南にあるタイパ島、コロアン島とに分けられます。

マカオの中心部ともいえるマカオ半島は
中国本土と接する海峡であり、
ポルトガル領時代は国境でもあった出入境ゲートをくぐった先は、
広東省になります。


●カジノ

マカオは返還以前からアジア最大のカジノの街でした。
しかし、返還後の2002年より
海外企業にもカジノ経営権が認められ、
一流ホテルやラスベガスのカジノによる
建設ラッシュが始まりました。

さらに中国本土からの個人旅行が自床されたことで
中国人客も急増しています。

2006年には観光客が2000万人に達し、
カジノ収益は実に550億バタカ(約70億ドル)を突破!
遂にラスベガスを抜いて世界一のカジノ街となりました。

アメリカ資本、香港資本の大手カジノによる競争はさらに激しくなり、
活気を帯びた街には多数の女性も訪れ、
歓楽街としても栄えています。



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マカオは日本とも関係が深かったアジアの誇った貿易の拠点

古くから日中貿易の中継地点であったマカオは、
大航海時代、ポルトガルのアジア進出により、
その支配権をポルトガルに移しました。

マカオという名は、
この地にあった道教の神を祀ったマコウにちなんだとされていますが、
中国では、古くから港の入口をさすオウムンという名で呼んでいた。

1600年代には、フランシスコ・ザビエルら宣教師の拠点となり、
キリスト教や鉄砲は、マカオを中継して日本に伝来しました。

アヘン戦争で香港がイギリス領となると、
マカオもポルトガル領となりましたが、
貿易都市として反映は香港に奪われ、
同時にポルトガルの支配力も弱まっていきました。

第二次世界大戦中には、中立を保って戦火を逃れ、
戦後はポルトガルの民主化に伴い
大幅な自治権が認められました。

そして香港が中国に返還された2年後の1999年に返還。
香港と同じく50年間の現状維持が認められました。

そして現在、マカオはアジア最大の観光都市を目指し、
香港をしのぐ勢いで開発ラッシュを迎えています。



ブランド品から雑貨まで香港と言えばショッピング!

香港旅行の最大の目的はショッピングですよねー。
安いブランド品や雑貨が揃っているのが香港です。
かつての勢いはないものの、香港でショピングは楽しみに一つです。

一方で偽物も数多く出回っています。
日本のコミックやDVDの海賊版も溢れています。
一見して偽物とわかるものは微笑ましいともいえますが、
本物と偽って売りつける店もあるので注意は必要です。

そんな香港の風情溢れるナイトマーケットで、
新たな発見があるかもしれないですよね!


●油麻地(ヤウマティ)

ウォーターフロントを外れたエリアにこそ
香港の本当の顔があります。

ここは昼間は閑散としていますが、
夜になると活気を帯び、
特に裏通りで男性物の商品を扱う店が
多数並ぶ男人街がにぎわっています。



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