【ひとりごと】
小さいころからお世話になっていたいとこが
亡くなりました。
今日、葬儀まで終わって。
大変だったねって言われるけども、
私が知っているのは闘病生活5年間分のほんの10日間くらいで。
だから、私が知ってる、
いとこHちゃんについて残しておきたくて
こうやって書くことをどうかご容赦ください。
Hちゃんは私の母のお兄さんの長男です。
三兄妹の長男に生まれました。
弟Hちゃん※こっちもHか!と妹Mちゃんがいて、
私は母が離婚したばかりできっと実家の近くに
引っ越したんだろうな。おうちが近かったのと
母が一人で働くために、きっと頻繁に預けられてたんだ。
だからよく一緒に晩御飯を食べたり、
おうちにも泊まったり、年の離れたいとこたちに
よく遊んでもらった。
Hちゃんは釣りが好きで、よく釣りに連れていかれた(笑)
連れて行ってもらった、じゃないのは、毎回私が
行きたいと思っていたわけじゃなかったときもあるから(笑)
毎週土日行ってたんじゃないか?っていう時期もあって
あとは、ゲームもたくさんした。
ゲーム機をすぐ買っちゃう人だったから
たくさんのゲーム機があって、
でもそんなにたくさんつなげないから
余っちゃうから、っていっぱい貰った(笑)
マージャンも好きで、よく付き合わされた。
ドライブも好きだったね。
一回最大速度出してみんな死にそうになってた(笑)
そのあとめっちゃ私の母に怒られてて、
それから私をのせるときは運転が丁寧になった。
2回脳出血をやってしまったあと、
後遺症である記憶障害がひどくなって
入院せざるを得ない状態になってから
5年だったらしい。
2回目の脳出血の時は、運転中?だったらしく
車がへんなところで乗りあがってるときに
誰かが通報してくれて病院に行ったらしい。
その時事故らなくてよかったね、って
話にはなったけど、こんなに闘病することに
なるなら、その時死んでしまった方が楽だったかも
知れないなぁなんて話を時々していたらしい。
ガンは、一番最初に見つかったのが直腸がんで、
あっという間に肝臓にも転移して、大きな胆石が
何個も出てきたり、ペンキで塗ったように顔が
黄色くなったり。
そこからあっという間にステージ4になっちゃった
みたいで。
私がお見舞いに行ったときには
そこまで黄色くなかったけど。
ただ、酸素マスクをしていて苦しそうだった。
あまり長く話せなくて。
葬儀の時はとても安らかないい顔をしていて。
お見舞いの時に遠慮しちゃって、手を握ることすら
出来なかったから、お顔を触ってお別れをしました。
もう二度と会えない。
もう二度と姿も見れない。
それは事実だけども、やっぱりいないと思ってしまうことが
本当に寂しいよ。
小さいころから遊んでくれて本当にありがとう。
ゆっくり、本当にゆっくり休んでね。