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上皇のご学友の明石元紹氏が真子様の今回の婚約者小室圭氏への対応で皇族の生き方が大分変わったことを嘆いている。

と同時にもう昔の皇族の生き方に戻ることは無いだろうと慨嘆している。

皇室制度そのものが瓦解していることの象徴的な事案だと嘆いてもいる。

小生は戦前まで明治大帝以来続いた皇室制度自体が第2次世界戦争、日本にとっては太平洋戦争と言った方が聞き覚えがあるだろうがで敗戦したと同時に旧来の天皇制は廃止され民主天皇となって政治的権力も陸海空の指令権も無くなり国民の「象徴」としての存在となったのだから昔の教えの通リの対応ではなくなったのは当然だと考える。

それに伴って皇族方も同様に昔の皇族ではなくほぼ民主国家の国民に近い存在となったので明石氏が言う「生まれながらにして特権的な身分を持つ王室や皇室が存在できる時代は終わった」のと悲観する方がおかしいと思われる。

第一いくら税金から出る皇室維持費で生活しているとはいえ、旧来から見れば大幅に縮減された費用で公務の為に天皇や皇族として勤めているだけであるのだから若い皇族たちの考え方も変わって当たり前であると思う。

国民の中では特に共産党系の考えの人の一部には天皇制廃止とか皇室撤廃とか極論を発言する人もいるようだが何千年も続いた「大和民族」の敬愛する王族であるから民主国家の象徴として存続することに異議を唱える国民が大半であると思う。

若い皇族の考えは全く国民の若者たちと同様で皇族の家に生まれたので公務はこなすが「国民の幸せを祈り、世界の平和を願う」などという考え方は持っていないと思う。

世界平和を願うということはあってもあくまでもそれは平和を好む一般国民レベルの考え方で自分たちの力で世界平和をもたらそうなどという考え方は持っていないと思われる。

小泉信三氏や英国のジョージ5世の考え方はその時代にあってはいただろうが今の21世紀の宇宙時代にはおよそ何の役にも立たない教えとなってしまっている。

明石氏も87歳という高齢者なのでそのあたりは昔を良かったと思うノスタルジーだと推測できる。

愛しあった二人は相手が将来どういう人間になるかなどということはわからずに「好きになった」とか「愛してあった」という現代的な恋愛感情でお互いを大切な人と考えているだけで真子様の小室氏への愛情表現が国民の皇室への敬愛や支持を失わせるきっかけとなったという表現は少々ノスタルジーに縋り付く老人の哀愁ように聞こえる。

誰だって自分たちが若くて元気に暮らしている時代が最高だと考えるのは極自然なものですべての人間がそう考えている。

それが老齢となって体も自由に動けない時になっては懐かしくも華やかな時代であったと懐かしみ、誇りに思うのは 当然であって .文末に「皇室を必要としない国へと成熟したのでしょうか」という慨嘆の部分は正に彼のノスタルジーそのものである。

今の皇室に何かを期待するというのは民主主義国家の国民としては間違っているのだ。

小生は明石氏よりは10歳若いが皇室は外国の賓客用のホスト及びホステスであると考えている。

国家予算百数兆円の内の800億円であるから昨年終了した代替わりの長々とあった儀式も豪華絢爛な絵巻であり、外国の賓客も何千年も続いた日本王朝に歓待されることに甚く有難さを感じる人が多いのだからそのための要員と考えれば税金投入も惜しくはないし、又若い世代が一般国民と同様な考え方と行動をするのは当たり前だと考える。

あまり皇室や皇族に権力を与えるとそれを「錦の御旗」にして利用して自分の主張を実現しようと考える不埒者が出てくる。

小生は今のままの皇室及び皇室制度でよいと考えている。

こういうノスタルジーは昔の天皇制を懐かしむ尾っぽうその弊害を再燃させることにもなりかねないのであまり良いことではないと思う。

とかくこの世は他人を利用してのし上がりオウトする人間が多い。

楽天のマラソンセールでこういった人たちからのストレスを発散しよう。