今日も気づくと私の自己肯定感が低くなってきていました。
もはや、自己どころか「自分たちの仕事なんて価値がないのでは…」と、自分の仕事にまで肯定感がなくなっています。
これはカサンドラ症候群のメインの特徴と言っても良いと思う、「自己肯定感の低下」によるもの。
でも、なぜこんなにASDの周囲の人の自己肯定感は低くなるのでしょうか。
カサンドラたちの自尊心を傷つける言葉
カサンドラ症候群で自己肯定感が低くなる原因は、自尊心を傷つけられ続けるからです。
例えば、彼は私のミスを見つけると、指摘とともに、「どうしてこんなことをしたのか」「普通、こんなふうにしないだろう」「どうしたら、こんなミスが起こるのか」と、どんなに小さなことでも責め立ててきます。
よく考えたら、会社で周りの人がミスした時は伝え方にかなり気を使いますし、「気にしないでください」くらいのことを付け加えるものです。
でも、彼はミスをカバーすることも、穏やかに指摘することもなく、怒ったように真顔でストレートに強く言ってくるのです。
また、おおよそ他人には言わないようなひどい言葉を平気な顔で投げつけてくるのがASD。
「こんなことを言われるほど恨まれているのはなぜなのか」と、考えても身に覚えはありません。
具体例が思い出せないので、次は言われたらすぐにここに記録しておこうと思います。
「辛いことを忘れる機能が働く」のか、「物語が破綻している夢のように辻褄が合わないから記憶していられない」のか、覚えていない原因はわかりません。
例えばネットで配信されている無料マンガによく出てくる、分かりやすく嫌なやつが嫌いな相手に言うような言葉を投げつけられます。
毎回、「人に対してこんなことを本気で言う人なんているわけないでしょう」と、彼のタチの悪い冗談であることを期待するのですが、残念ながら、彼は至って真面目です。
存在を無視され続けるカサンドラ
あとは、私の話をちゃんと聞いてくれないというのも自尊心が傷つく原因のひとつだと思います。
私が一生懸命、何かを説明していてもろくに聞かず、
①スマホを見ながら空返事
②何かに気を取られていて無視
または、聞いていたとしても、
①「それは良い考えだ!」と思うと、まるで自分の発言であるかのように、それを私に説明したり、私が反対意見を言っていたかのように説教してきたりする。
②他のことに気を取られている、または人とは着目点が違うため、趣旨からずれた見解を述べてくる。
といったありさまで、期待する返答をもらったことがありません。
自分の話をちゃんと聞いてもらえないという無力感が常にあります。
カサンドラは期待を裏切られ続ける
ちなみに、「ASDに共感してもらえないから、カサンドラ症候群になる」とよくインターネットでも書いてありますが、ある意味合っているようで少し違う気もします。
共感が同意的な意味であれば、偶然、共感されたような反応が返ってくることもなくはないです。
それよりも、断然期待を裏切られるのは「否定して欲しい話」をするとき。
「私ってブスでしょ?」「そんなことないよ」みたいな流れのコミュニケーションです。
この例の場合、彼から返ってくるのは「整形するのはお金かかるしね」というズレた対応策の提案、「努力不足じゃない?」という説教、「確かによく見たら、ブスかもしれないね」という絶望的な同意がほとんど。
なので、「共感されない」よりは、「期待する反応が返ってこない」というのが、より正確な表現だと思います。
日常生活で食事などの際には、食べ物の形状や香りなどから味を予測して食べるのが普通です。
予想外の味だった時、一瞬期待通りの味がして、次に訪れる正しい味を受け止められなくなった経験が、誰でも一度はあると思います。
ASDとのコミュニケーションは、常にその連続。
思考の癖みたいなもので、相手の反応をつい予測してしまい、毎回裏切られる。
そんな日々を送っていると、誰にも受け入れられないような気持ちになってくるものです。