
フォーエバーヤング
ドバイワールドカップ2024
UAEダービーでフォーエバーヤングが優勝するところをライブで観て感動
ケンタッキーダービーも朝から応援
惜しい結果だったけれど
隣の馬と競り合いながらゴールを駆け抜けたフォーエバーヤングの強さに感動
次走も応援します!
#UAEダービー
#フォーエバーヤング
女性が少ない場所
建築は女性が少ない場所
初めましての時
私はいつも珍しがられ
一緒に仕事をしていく過程で
抜かりなく事を進め
同じ目線で会話をし
それを何度も繰り返して
やっと普通に接してもらえる
チームプレーの時に
男だとか女だとか
上司だとか部下だとかは関係ない
一つの目標を向かって共に進むだけ
男性が多くを占める建築の場所は
女性は少し不利だと感じる
言葉に出さなくても
それは伝わってくる
何年もそれだから
私はもう慣れたけど
そんなことが
なくなることを事を願う
父とお別れから4年
父が亡くなって4年が過ぎた。
夜中に階段で転んで頭を打って、
脳出血だった。
父には脳梗塞の経歴があり
血液サラサラの薬を飲んでいためか、
サラサラと血液が溢れていって
開頭手術で一命を取り留めた。
連絡を受けて病院へいくとICUにいた。
意思疎通ができているのか??
”うーうー”と発せられる声から、
言葉は伝わっていると信じて、
いろいろ話しかけていた。
それから1週間後の朝、
母から電話があって、
「お父さん、もうダメみたいだから、
看取るのを待ってるから病院まで来て!」と。
家にいた息子と一緒に病院へ行くと、
心臓マッサージはもうやめた後だった。
私と息子が対面した時刻が臨終となり、
そこからは葬儀に向けてバタバタだった。
お別れを実感する間もなく、
葬儀屋さんとの打ち合わせが始まり、
私と妹、叔父と息子が指揮をとり
あっという間に葬儀は終わった。
遺族からの挨拶を喪主の母ではなく
私が読むことになり、
急いで文章をまとめて読み上げた。
階段事件は突然で
それからわずか1週間でお別れだった。
少し前に実家へ寄った時は、
私が帰る時に玄関の外まで出てきて
送ってくれた父、
「また来るねー」って別れて、
それが最後だった。
思い出すと涙が出てくるから、
思い出す場所を風呂場と決めて、
思い出の中で
何度も何度も父に話しかけ
お別れを実感した。
時が経つにつれ、
息子と娘が成長するにつれ、
父ともっと話しておけばよかったと思う。
親になってからわかることは沢山あって、
父もそんな風に思っていたのかな?とか
子供の頃の思い出話をしたくても。
その当時一緒に過ごした人がいないと
盛り上がることもできない。
数年前から
父がやると良いと話していた投資信託を始め、
その成績をみて「本当に良いね!」
なんて話を一緒にしたい。
ピアノの裏の
私の名前と誕生日を印字したテプラのテープ
見つけたよ!なんてことも伝えたい。
親になった親同士(父と私)で、
親心はそんなものなんだねー
とかね。
死因は不整脈とあった。
その死因の件で保険会社の担当者が
家の中の事故ではないかと
(死因によって保険金の額が変わるらしいです)
病院へかけあってくれたけれど、
ダメだったみたいで。。










