ではどうしてこの、もっともらしくもあくまで誤解、であるはずの「BMW空雲由来説」がここまで広く、数十年にも渡って訂正されること無く広まってしまったのでしょうか?
今回はこの部分にクローズアップしていきたいと思います。
この問題の解決への糸口は1942年に発行されたBMW Company Journalの中に見ることが出来ます。
BMW歴史家としても有名なDr.Florian Triebel氏の、この問題に対するレポート中にも登場していますが、これは当時BMW広報官の一人であったWilhelm Farrenkopf氏によって書き記されたものだということがわかっています。
原文は英語ですし、さすがに全てを翻訳するのは少々骨が折れる作業ですので、要約を書き記していきます。
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意訳してますのであんまり深く突っ込まないでくださいね。
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BMWの手によって初めて作られた航空機用エンジン、320馬力の咆哮が今か今かと全開への瞬間を待ちわびている。
青く抜けるような空をバックに回転する銀色のプロペラとそのエンジンがもたらす陰影にエンジニアたちの目は釘付けになった。
プロペラに反射する光と青の空が、そこに4半円に分割されたコントラストを描き出したように見えるのである。
同時にそこにはB M Wの文字が重なって見えた。
彼らはこのエンジンが成功することを、この時確信したのである。
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・・・とまあ、ざっとこんな感じなのですが、誤解の発端となった原文はこれであるといって間違いなさそうですね。
確かに、この表現は詩的且つ鮮やかなものであり、思わず読んでいる方もその気にさせられてしまうもので、カンパニーロゴ発祥のきっかけとして語り継いでいくには申し分のないものですが、この間も述べた通り、このエンジンができた時、既にBMWの商標登録は完了しているんですよね・・・
話が綺麗な分、予期せずこのまま語り継がれていってしまった、というところでしょうか。。
