「私、ヒロのことほんとに好きだなって」

 

 

本人を目の前に恥ずかし過ぎる告白をしてしまったことに気付き

慌てて視線をそらしてごまかす私をヒロは優しく抱き寄せる

 

 

「ごめんな・・・悪かった、嫌な思いさせてばかりだったよな」

 

 

ヒロの声は優しくて、私の背中を包み込む掌の力強さに

一瞬で涙腺が崩壊してしまった

 

 

「なんでそんなこと言うの・・・?ほんとやめてよ・・・」

 

 

涙を止められずに泣きながら抗議する私には何も答えることなく

ヒロの手は優しく私の頭を撫で続けていて

その手の温かさにまた涙がこみ上げてくる

 

 

 

「あぁ・・・なんか嫌になる、こんな泣いてばっかりで

私、ヒロに優しくされるのに弱いみたい」

 

「なんだよ、それじゃ俺が優しくするの珍しいみたいじゃん」

 

「ヒロの優しさは素直じゃないんだもん

なのに最近急に分かりやすく優しい言葉言ってくれたりするから・・・」

 

「よくそんな男を好きって言ったよな、ほんとに(笑)」

 

「ほんとだね、なんでかな(笑)」

 

 

ようやく泣き止んだ私から腕を解いたヒロが

その両手を私の肩に置き体を離すと

2人の間にヒロの腕の長さ分の距離が出来た

 

 

「なぁ・・・」

 

「なに?」

 

 

そのヒロの顔を間近で見られる微妙な距離が余計に恥ずかしくて

また視線を落としてしまう私をヒロが首を傾げて覗き込む

 

 

「なぁ、こっち見て」

 

「う、うん・・・」

 

「聞きたくない話しなのかもしれないけど聞いて」

 

 

その言葉にゆっくり顔を上げると

不安そうに私の顔色をうかがうヒロと目が合った

 

 

ヒロが聞きたくないかもしれないと言うくらいだから

私にとって良い話ではないのだろう

 

それでも話すことに決めたヒロに答えなければと思った

 

 

「なに?聞くよ・・・」

 

 

聞きたいような、聞きたくないような・・・

きっと私の声は震えていたと思う

 

 

「話したんだ・・・玉木さんと」

 

「・・・・・・・・うん」

 

「会社の仲の良い奴らにも前の彼女と別れてからは

適当に遊んでるって思われてたし、俺もそれ否定しないでいたから

何となくcarrieのことも何も言わずに来たんだけど」

 

 

私の存在は言えなくて当然だ

それはヒロが言い訳しなくても自分でも分かる

 

 

「玉木さんに話した、carrieのこと

 

詳しいことまでは言ってないけど

前の彼女と別れる前から彼女よりもずっと近くにいた子で

今も一番彼女に近い子だって」

 

「どうしてそんなことわざわざ言ったの?」

 

 

私にヒロとの別れを決意までさせた玉木さんの存在は

忘れようにも忘れられなくて

名前を聞くだけでも正直嫌悪感でいっぱいになる

 

 

「玉木さんとの関係を止めることは考えられないの?って聞いたとき

それはcarrieには関係ないことだって突き放したよね?」

 

 

そのヒロの言葉にどれだ傷ついたか・・・

 

 

「あの時は俺もムキになってて・・・

 

玉木さんとのことでcarrieを傷つけたのも分かってるし

そのことで余計俺のこと信じられないのも分かってる」

 

「うん、玉木さんとのことはヒロとのことを終わりにする決定打だった」

 

「あまり深く考えてなかったんだ

彼女の方も当然遊びで軽い気持ちだと思ってたし」

 

「違ったでしょ?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「女の気持ちを軽く見てると痛い目に合うよって何度も言ったのに」

 

 

玉木さんがどんな気持ちでヒロとの関係に踏み切ったのか

私には分からないし、知りたくもないけれど

 

女の気持ちを利用するような遊びを繰り返すヒロはやっぱり許せない

 

 

「玉木さんとのことケジメつけようって思ったんだ

きちんとするにはcarrieとのこと話すのが一番だと思ったから

 

carrieに話そうって思ったのは

話さなかったらいつまでも玉木さんと続いてるって心配させるから」

 

「じゃあ、もう会わないの?」

 

「もう仕事以外で関わることは無いよ

今までみたいな仲間内の飲み会にも出来るだけ出ない」

 

「そこまですることないよ・・・

 

で、玉木さんはそれで納得してくれたの?」

 

「してくれた・・・と、思う」

 

「するしかなかったんじゃない?

自分の立場とか考えたら・・・そうだと思う・・・」

 

「もう俺のこと信用できない?」

 

 

何度も、何度も、裏切られたし傷つけられた

 

そのことをきっと私は忘れることは無いだろうし

ヒロのことをこの先信じられるのかと言われても自信はない

 

そこまで分かっているのに・・・それでも・・・

 

 

「当たり前だよ、信用なんて出来ない

 

なのにバカかもしれないけどヒロのこと好きなの

どうしても嫌いになれなくて苦しいの、どうしたらいい?」

 

「俺も好きだよ

 

信用してもらえてないって分かってて付き合おうって言ってる俺も

相当バカなのかもしれないけど・・・

 

carrieのために変わるなんておっきいことは言えないけど

信用を回復できるように頑張ります」

 

「今までみたいに他の女の子と遊んだり、許せなくなるよ」

 

「うん、いいよ」

 

「誰と会うの?とか、どこに行くの?とか聞くかもしれないし

行かないでってわがまま言うようになるかもしれないよ」

 

「いいよ」

 

 

あまりに優しい表情でヒロが答えるから

自分がとんでもなくわがままを言っているようで恥ずかしくなる

 

 

「我慢なんかしないで言いたい事言おうよ

 

止めて欲しいことは言ってくれたらいい

俺も出来ない事はそう言うから

 

だから・・・付き合おう、俺ら」

 

 

「・・・・・・・・そうだね。お願いします」

 

「こちらこそ、彼女さん(笑)」

 

 

 

その夜、私たちは時間も忘れて抱き合った

 

 

ヒロと離れる決心をしてから2か月

 

何度体を繋げてもいつもどこか不安で

自分だけのものなんて感じられたことはなかった

私を抱きしめるそのヒロの腕が

 

まるでもう離さないと言うかの様にしっかり私の背中を抱きしめる

 

 

ようやく彼氏になったヒロの腕の中で得たものは

 

「幸せ」よりも「安心」

 

 

 

そんな自分の選択が甘すぎたことに気付くのは

思っていたよりもずっと早かった

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒロへの想いと、関係を続けて行くことへの不安と迷い

いろんな感情が重なって絡まってしまった私の心を

解いてくれたのは社長の言葉だった

 

 

ヒロのことが好き

 

その気持ちに理由も理屈もない

突き詰めればたったそれだけの単純な想い

 

どんなに頭で考えてヒロから離れたとしても

きっと心を無理やり離すことは出来ないから・・・

 

それなら納得いくまで自分の想いに素直でいよう

 

 

 


 

とにかくヒロに会って話したい

話して自分の素直な気持ちを隠さず伝えよう

 

そう思いヒロに連絡を取ることにした私

 

 

「話したいことがあるんだけど、土曜日会えるかな?」

 

 

きちんと付き合おうと言ってくれたヒロに

少しだけ気持ちを整理する時間が欲しいと言ったあの日から2週間

 

私の言葉を尊重してくれたのかヒロからは一切連絡はなかった

 

 

「・・・うん、分かった・・・いいよ

 

昼間は出かけてるから夕方になるけど、早く帰るから

帰りにそのままcarrieの部屋に寄ってもいい?」

 

「分かった、待ってるね」

 

 

私の「話したいこと」に反応したのか

一瞬ヒロが言葉に詰まったように思えたけれど

すぐにいつもの声に戻ったヒロと土曜日の約束をしつつ

 

もしかしたらヒロも私がどんな風に気持ちを整理したのか

答えにはたどり着いていないのかもしれない

 

久しぶりに聞いたヒロの声にそんなことを思いながら電話を切った

 

 

 

 

 

そして土曜日

 

緊張しながらも早く自分の気持ちを話してしまいたいと

落ち着かないままヒロを待つ私は

 

前回お酒やおつまみを大量に買い込んで

私の部屋へやって来たヒロの姿を想いだして買い物に出かけた

 

 

今日はヒロの好きな唐揚げを作って待っていよう

 

料理は苦手ではないけれど、決して好きとは言えない私も

ヒロのために作るのは苦ではなく

食べたいと言われたものは喜んで作った

 

きっと料理は作ってあげたい人がいて上手くなるんだな・・・

 

そんなことをふと思いながら

ヒロの好きなミネストローネを煮込み、サラダを器に盛って

唐揚げを揚げだした頃ちょうどヒロがやってきた

 

 

「いらっしゃい、ごめんね

今ちょっと手が離せないから座って待ってて」

 

「おっ、唐揚げだ!やったー、腹減ってるんだ」

 

「よかった、ごはん食べてきたらどうしようって思ってたんだけど」

 

「食べてこないよ、急いで帰ってきたんだから」

 

「ちょっと、ダメ!待っててって言ってるでしょ」

 

 

キッチンで料理をする私の手元を覗き込み

揚げたばかりの唐揚げをつまみ食いするヒロの手を払い除ける

 

 

「あっち!うん、でもうまい」

 

「ほんと?よかった、じゃあもう出来るから座ってて」

 

「じゃあ、スープとサラダ持って行っとくよ

この皿も一緒に並べとけばいいの?」

 

「え?・・・・・ありがとう、お願いします」

 

 

料理を全くしないヒロはキッチンに立つことさえまれで

食事の準備やお皿を並べるといったことさえ手伝うことはまず無く

自分から進んで手伝ってくれる姿に驚いた

 

 

 

「今日はどこに出かけてたの?」

 

「あぁ・・・伯父さんにパソコンが壊れたから見てくれって言われて、

いとこにも掴まって私のも見てくれとか言われて散々だったわ

 

仕事以外で出来るだけパソコン触りたくないのに」

 

「そうだったんだ、お疲れさま」

 

「でも、伯父さんにお小遣いもらっちゃった(笑)」

 

「わーぃ!ごちそうさま~(笑)」

 

「いやいや・・・ごちそうさまとか意味わかんねぇし(笑)」

 

「なによ、ただで唐揚げ食べてんじゃん!」

 

「金取るのかよ!」

 

 

ご飯を食べながらこうしていつもの会話をしながら笑っていると

2人の関係が今分岐点の上にあることなんて忘れそうになるけれど

 

今日ヒロを呼び出した目的は私の気持ちを伝えること

そして、2人でこの曖昧な関係に答えを出すこと

 

ヒロへの想いに自身が持てた私にもう2週間前の迷いは無い

 

 

 

 

「ごちそうさま、うまかった」

 

「どういたしまして、後片付け先にしちゃうね」

 

「・・・洗いもの後にして、先に話してよ

 

今日はこの前の答え、話すつもりだったんじゃないの?

なんか先に聞かないと落ち着かないし」

 

「うん・・・そうだよね、分かった」

 

 

空いた食器を一旦シンクにまとめて置き

テーブルに冷蔵庫から出してきたビールを2本並べると

 

正面から顔を見て話すのが何となく恥ずかしくて

ヒロからテーブルをはさんで斜め向かいに座る

 

 

「それで?気持ちの整理ってやつは出来たの?」

 

「うん、いろいろ・・・ほんとにいっぱい考えたんだけど

行きつくとこは単純で簡単なことだった」

 

「まぁ、考えただろう事は何となく想像つくけど・・・」

 

「私ね、ヒロとの関係が始まってからずーっと怖かった

 

ヒロのことどんどん好きになって

でも、いつ終わっちゃうんだろうってそればっかり考えて不安で

 

カッコつけて離れようなんて自分から言ったけど

ほんとはもうやめようって言われるのが怖くて逃げたの

 

もちろん、もう無理だって諦めたのも大きかったんだけどね」

 

「俺が相手だから不安にしかならないよな・・・」

 

「自覚あるんだ」

 

「あるんだよね・・・残念なことに」

 

「ほんと残念(笑)」

 

 

自分のことなのに溜息をつきながら小さく笑うヒロに

私までくすっと笑いがもれる

 

 

「ヒロがちゃんと付き合おうって言ってくれてほんとに嬉しかったの

もう絶対にそんなこと言ってもらえないって諦めてたから

 

でも、ヒロが彼氏になったら今より許せないことが増えて

今より苦しむことになるんじゃないかとか

ヒロを酷い言葉で責めてしまうんじゃないかとか

なんか・・・自分がどうなるんだろうって余計怖くなった

 

可笑しいよね、彼女になりたいってあんなに望んでたのに・・・」

 

「許せないことって、俺が浮気するってこと?

なら当然なんじゃないの?

彼氏に浮気されたら彼女なら許せないし怒るだろ

 

その辺の覚悟もあっての“ちゃんと付き合おう”だよ、もちろん」

 

「そうだよね、ヒロはそんなこと簡単に言わないもんね

 

私、一番肝心なこと忘れてたの

さっき散々考えたけど単純で簡単なことだったって言ったでしょ?

 

私、ヒロのことほんとに好きだなって

いろんな不安はあるし、正直言うと信じきれない部分も残ってるけど

やっぱり私はヒロのことが大好きで離れられないんだなって」

 

 

改めて言うと、なんて恥ずかしい告白をしているんだろうと

言ってしまってから照れて視線を逸らす私を

 

ヒロはそっと優しく抱き寄せた

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどね・・・そうか・・・

 

それで今はその彼とこの先どうするべきか迷ってて

付き合おうっていう申し出を保留にしてるところなんだね」

 

「はい・・・すごく簡単に言えばそういう事です」

 

 

単純に好きになったから一緒にいた、だけでは済まない

複雑なヒロと私の関係は自分でもうまく説明が出来ない部分もあって

うまく伝えられたか自信はなかったけれど

 

だいたいのことは理解してもらえたらしい

 

 

 

「それにしてもその彼、なかなか難しい男みたいだね」

 

「そうですね、単純に浮気性なだけのどうしようもない男なら

あっさり見切りつけてさっさと終わりにしちゃうんですけど

ただの遊び人っていうわけじゃないんですよね・・・きっと

 

根本的に愛情っていうものを信じてないというか

人から受ける愛情も、自分が誰かに向ける愛情もどっちも信じてない

 

最初は私にだけはもしかしたら違うのかも、とか期待したんですけど

結局私だけを見てくれることはなくて・・・甘かったんです」

 

「前にたしか、そんな恋愛やめるべきだって言ったよね?」

 

「はい、あれは胸に刺さりました」

 

「あの時君は -何も言わなければ何も変わらなかったはずなのに- って

そう言ったのも覚えてる?」

 

「言いましたね・・・」

 

「何も言わなければ何も変わらないんじゃなくて

きちんと言わないと何も変わらないんだよ

 

彼の心に何か問題があったとしても

それが君を傷つけてもいい理由にはならないんだ

 

変わってくれるかもって期待して待ってるだけじゃ彼は変わらない

変わって欲しいと願うなら君も変わらないとね」

 

「私も・・・ですか・・・」

 

「そう、君も。

彼より年上だとか、離婚歴があるとか、君は気にしてるみたいだけど

それが嫌なら最初から彼は君を選んでないんじゃないの?」

 

「確かにそうですよね、何も問題の多い私を相手にしなくても・・・」

 

「だから、それがダメなんだよ

彼はその君の問題が理由で浮気を繰り返してるんじゃないはずだよ

君がそれを理由に仕方がないことって諦めようとしているだけで

 

だって私は年上なんだからとか、どうせ私は離婚歴があるんだからとか

いつも自分を卑下しながら傍にいられたら僕は嫌だけどね」

 

 

社長の言葉にドクンと音を立てた心臓に痛みが走り

しばらく言葉も出ずに絶句した

 

 

いつも、私は何かヒロとのことで問題が起こるたびに

だって・・・どうせ・・・と心の中で呟いて自分が我慢することで

問題を回避しているつもりでいたし

そうすることでヒロの傍にずっといられると思い込んでいたけれど

 

それは本当にヒロが望む解決方法だったのだろうか・・・

 

 

「俺が年下なのはどうしようも出来ない事だろ」

「俺に合わせて無理することが理解し合うことにはならないよな」

「言いたい事あるならちゃんと口に出そうよ」

 

ヒロが言っていた言葉が次々と頭の中に浮かぶ

 

ヒロは何度も私に変わるきっかけをくれていたのに

そのことを社長の言葉でようやく気づかされるなんて

 

 

 

「社長の言う通りです

 

彼は私が年上なことも、バツイチなことも

口に出して責めるようなことは一度もありませんでした

 

結局、一番気にして卑屈になってたのは私自身なんですよね」

 

「彼も君から終わりを突きつけられて焦ったのかもしれないけど

しっかり考えた上できちと付き合おうって言ったんだろうし

 

それに彼まだ25歳だって言ってたよね?

その歳で5歳上の女性に付き合って欲しいって、なかなかの覚悟だよ

 

君はしばらく考えてないんだろうけど

30歳の女性ならもちろん結婚も視野に入れるのが当然だしね」

 

「そうですよね、彼がそこまで考えてるかは分からないですけど

 

でも、どうしても彼のこと信じきれないんですよね・・・

そんな気持ちで彼と付き合ったとしたら

いつか本当にお互い憎み合う日が来るんじゃないかって

 

そんなこと考えながら始めるのは違う気もするんです」

 

 

誰かのために自分を変えることはないと言い切ってきたヒロが

私と付き合うことで変わることがあるだろうか

 

何も変わらないのだとすれば同じことを繰り返すだけだ

 

もしも、これ以上の裏切りを目の当たりにしたら

私は今度こそヒロを憎んでしまうかもしれない

 

 

「君はやっぱり真面目なんだよ

一度離婚してる分慎重なのかもしれないけど

 

好きなら付き合ってみればいいんじゃない?

憎むほど嫌いになったらばっさり振ってやればいいんだよ(笑)」

 

「笑いごとじゃないですよ・・・」

 

「ごめん、ごめん、

でもどうせ一度は諦めようとした相手なんだから

今度は言いたい事言って、気に入らないなら喧嘩もして

君らしく彼にぶつかればいいと思うよ

 

君が君らしくいれば彼にも変化が起こるかもしれないしね」

 

「そうですかね・・・

 

でも、確かにそうなんですよね・・・彼にも言われたんです

言いたい事があるならちゃんと言えって、

無理して合わせるのは理解し合うことにはならないからって

 

そこまで無理してるつもりは自分でも無かったんですけど

彼にはバレてたみたいですね(笑)」

 

「まだまだだよ、彼は

自分の足元も固まってない社会に出たばかりの男に

1人の女性を本当の意味で大切にする余裕なんてないんだ

 

それでも彼は君を離しちゃいけないって思ったんだから

今の彼のその気持ちを信じてあげればいんじゃない?」

 

「なんだかすごく彼を信じられる気がしてきました

 

社長に聞いてもらってよかったです」

 

「一番大切なのは君の気持ちだよ

 

今までは彼が持ってたカードを今は君が握ってるんだ

この先は君次第でどうにでも出来る、よく考えるんだよ」

 

「分かりました、ありがとうございます」

 

「彼に思いっきりぶつかってやっぱり倒れたらその時は遠慮しないから
 

いつでも僕のところにおいで

彼とのこと応援しながら待ってるよ(笑)」

 

「なんですか、それ(笑)

 

応援してくれるんですか?

ダメになるの待ってるんですか?」

 

「もちろん君が僕を必要としてくれるなら大歓迎だよ

 

僕は君を不安にさせないし

君らしくいられるようにいつも味方でいてあげられる」

 

「・・・奥さんのいる社長にそれが可能なんですか?」

 

「それを言われると痛いなぁ」

 

「もう、からかうのやめて下さいよ」

 

 

社長の本心は全く見えないし

きっとこれ以上聞き出しても本音は言ってくれないだろう

 

でも、話せばきっとほとんどの友人が反対するはずのヒロとのことを

前向きに後押ししてくれる社長の言葉は本音だと信じられるから

 

ヒロへの自分の気持ちに素直になってみようと思った

 

 

 

 

 

 

 

 

波打ち際を手を繋いだまま歩く私たちはなぜか無言で

お互い何を考えているのか探り合うこともなく

ただ、頬に潮風を感じながら波の音を聞いていた

 

 

「ねぇ、聞いてもいいですか?」

 

「ん?なに?」

 

「社長は離婚するつもりないんですよね?

彼女って呼ぶ人がいる時はどうやって気持ちの配分するんですか?」

 

「気持ちの配分ねぇ・・・

そんなの考えて出来ないんじゃない?」

 

「じゃあ、本気で他に好きな子が出来たらどうするんですか?

その子のために離婚しますか?」

 

「そうだね・・・簡単に答えられる質問じゃないな」

 

「・・・話せるならでいいですよ」

 

 

正直言えば、社長の家庭の問題に深入りするつもりはない

 

カズヤとのこと、そしてヒロとのことが続き自分自身の離婚もあって

もう『誰かのもの』や『誰にも言えない恋愛』で苦しむのには疲れた

 

社長はとても魅力的な人だけど

特別な感情が湧かないのもそれが理由だろう

 

もしも社長が独身なら・・・

そんなことを考えないこともないけれど

 

 

「そろそろ車に戻ろうか

身体も冷えてきたし、いろいろ話もありそうだし?

 

君が聞きたいのは僕の家庭の話し?

それとも一般的な男心?」

 

「・・・・正確に言えば、理解できない男心です」

 

「いいよ、僕でいいなら協力しましょう(笑)」

 

 

 

車に乗り込むと、社長は慣れた運転で街を離れ山道をすいすい走り

視界が一気に開けた山の中腹にある展望台の駐車場に止まった

 

 

「ここからも海が見えるんですね」

 

「うん、少し待ってて

一件だけ電話してくるよ、ついでに飲み物買ってくるから」

 

「仕事ですか?私のことは気にせずどうぞ」

 

 

展望台の小さな売店には休日だからかそれなりに観光客も多くいて

入口近くでタバコに火をつけながら電話をする社長は

その人混みの中でもやっぱり目を引くほどにかっこいい

 

どうしてこんな人が私をかまうんだろう・・・

 

社長と個人的に会うようになってからも

その疑問はますます深まるばかりだった

 

 

「おまたせ、コーヒーでよかった?」

 

「ありがとうございます

社長、女のひとにだいぶん見られてましたよ(笑)」

 

「は!?なんで、何かおかしい?」

 

「違いますよ、もう、分かってるんでしょ?さすがイケメン(笑)」

 

「僕が?ただのおっさんだよ(笑)」

 

「ただのおじさんに結婚しててもいいから彼女にしてください

なんて女の人ついてこないですって(笑)」

 

「全くこの子は・・・どこから君の誤解を解いていけばいいんだろう」

 

「誤解なんですか?(笑)」

 

「まず、僕はそれほどモテもしないし

常に彼女がいるなんてことももちろんないし、

きっと君がイメージしてる女遊びが激しいなんてこともないよ」

 

 

逆に常に彼女がいて女遊びが激しいと知っても

それほど驚かないかもしれないな

なんて思っていることは言えないけれど・・・

 

 

「たぶん君が知りたいことに繋がるんだろうけど

 

男は綺麗な女の子やかわいい女の子が好きだし

いくら結婚してても、彼女がいても、隙あらばってヤツがほとんどだよ」

 

「・・・ですよね」

 

「でも、大切にしたい人への想いとは全く別なんだ

だから君の言う気持ちの配分っていう感覚は男にはないと思うよ

 

女性はどっちをどれくらい好きかって考えるよね?

でも男はあっちはあっち、こっちはこっち、嫌な言い方だけどね」

 

「それで大切にしたい人を傷つけてでもですか?」

 

「そうだよね・・・それで大切な人を傷つけてたら最悪だ

 

君の大切な人もきっと反省してると思うよ」

 

「・・・・・そんなこと、ひとことも言ってないですよ」

 

「あれ、違った?(笑)

話の流れ的にそれで悩んでるように思えたんだけどな」

 

 

やっぱり社長は侮れない

 

確かに私の言葉や質問の内容で

うすうす勘付かれているのかもとは思っていたものの

ここまで読まれているなんて

 

 

「社長、聞いてもらってもいいですか?

つまらない話かもしれないですけど・・・」

 

「いいよ、でも僕は君のことしか知らないからどっちの味方もできない

あくまで男として中立な立場でしか意見は言えないから

君にとって厳しいこと言うかもしれないけど、それでもいいなら」

 

「はい・・・その方がいいです」

 

 

社長との関係はまだまだ浅くて短いけれど

この人は信頼できる人だと思えたからこそ、聞いて欲しくなった

 

聞いてもらうだけでも気持ちが整理出来る気がして

 

 

それから、私はヒロという存在を

私とヒロの間にこの1年でどんなことがあって

自分が何を考えて過ごしてきたのか

 

そして、ヒロとの関係を終わりにしようと決めたこと

ヒロがきちんと付き合おうと言ってくれたこと

 

私が答えを出すことに躊躇していることを

大まかにそして正確に社長に話した

 

 

 

 

 

 

 

 


社長がランチにと連れて行ってくれたのは
海岸沿いの景色に溶け込むとてもお洒落なカフェで

心地良い天気の中、2階のテラス席で

海を眺めながらランチプレートをのんびり食べた



「いいですね、こうやって海を見ながら

太陽の下で食事が出来るなんて


いつまででもぼーっとしていられそうです」


「だよね、今日は特に気持ち良いね」



どこまでも青い海に立つ白い波を見つめていると

いつもより気持ちが解放されていくのか

普段は口に出さない事までするりと言葉が出てしまう



「せっかくのお休みに私に時間を割いて大丈夫なんですか?」


「僕が1日休んだくらいで会社は潰れないよ(笑)」


「違いますよ、お家です


私、こうして社長といるとたまに忘れてすんですけど・・・

社長、奥さんいらっしゃるじゃないですか」


「そうだね・・・うん、いるね」


「考えると申し訳ない気持ちになるというか

やましいことは無いとはいえもしも奥さんが知ったら

私のような存在は当然面白くないはずですよね」



社長自身に全く生活感が無いせいか

すっかり忘れてしまっていることが多いけれど


社長は既婚者だ


周りからの情報でそのことは知っていたし

社長の口からきいたのも、私の歓迎会があったあの日に

たまたま同僚たちの質問に答えて

「仲は悪くないよ」とそれだけ言ったのが耳に入っただけで


私たちの間で社長の家庭について

会話をしたのはこれが初めてだったと思う



「やっぱり気になる?」

「気にならないとは言えないですね


私も結婚していたことのある身ですし

当時は旦那さんに浮気されて悲しんだこともありますから」


「僕みたいな男は許せない?」


「いいえ、不倫を正当化するつもりはないですけど

人の気持ちはコントロール出来ないものじゃないです


たとえ結婚っていう縛りでくくりつけても」


「なんだか重みのある言葉だね」


「・・・・・そうですか?


でも、どんな理由があれ傷つけてはいけない人がいるなら

その人には隠し通すのが礼儀だと思いますけどね


それが最低限のルールだと思うし
出来ないなら初めからやめるべきです」



頭に浮かんでいたのは始まりから終わりまで

どんなに2人の時間を重ねても

いつも奥さんを一番に考えていたカズヤのこと


そして、一番近くにいる私の気持ちを繋ぎとめたまま

それでも私との関係に縛られることなく

自由に自分のスタイルを変えようとはしなかったヒロのこと



結果的にしていることに変わりはなくても

2人の根底にあるものは正反対で


私の言葉はきっと、ヒロに向けた嫌味と自分自身への戒め



「君は確かに頭の良い子だと思うけど・・・

男はそういう子につけ入って甘えたがるものだよ


弱った時には何も言わなくても傍で甘えさせてくれて

1人になりたいときには黙って一歩引いてくれて


男にとればそういう理解のある賢い子っていうのは

自分にとって都合がいいんだ」


「そうですね・・・頭がいいのかどうかは分からないけど

思い当たるだけに耳が痛いです」


「ごめん、君を否定するつもりじゃないんだ


でもきっと君自身は無理してるつもりはないんだろうけど

しんどいんじゃない?」


「・・・・・・・・・・・・・」



わずかな私の言葉から私自身のことも

カズヤやヒロとのことも何もかも見透かされてしまったようで


何も言い返すことが出来なかった


確かに幸せには違いなかったけれど

しんどい思いもたくさんしてきたから



「男は大抵が女の子よりも幼稚でバカだから

君みたいに頭のいい子は怖いんだ


どこまですれば怒られるのか分からない

だから怒られるまで分からずに傷つけてしまうんだ


君が本気で怒ったときには手遅れなのにね」


「まるで全部見てきたように言うんですね」


「そうかな?(笑)


でも、男に愛されるには理解のある賢い子でいるより

もっと素直にプライドなんか捨てて会いたい、さみしいって

上手に甘えられる女の子にならないとね」


「男の人はみんなそうなんですか?」


「どうだろう、でもまともな感覚の男なら

好きな女の子を守りたいとか傍にいてあげたいって思うのは

当然のことなんじゃないのかな」


「そうですか・・・そうですよね・・・」



社長は頭の良い子と言ってくれるけれど、そんなの違う


本当の私は好きな人の本心さえ聞けなくて

いつもそばにいて甘えさせて欲しいくせに

そんなことも素直に言えないただの臆病者だ





「少し海に出て歩こうか?」



店を出て海岸沿いの遊歩道を下り

砂浜をゆっくりと波打ち際まで並んで歩いた


春にはまだ少し早い海からは潮風が冷たく吹き

自然と身体がすくんでしまう



「さすがに海までくるとまだ寒いな・・・」


「そうですね、油断してました」


「車に戻ろうか」


「・・・いえ、もう少し歩いていいですか?」


「じゃあ・・・・」



私の片手を取ると

あまりに自然に手を繋いで歩き出す社長



「こうしてた方が温かいよ」



握られた手に戸惑いが伝わったのか

私の顔を覗き込んだ社長がにっこり笑い


その手を引いて波打ち際を歩き出す




私を口説くつもりだと笑顔で言う社長には奥さんがいて

こうしてまるで恋人のように距離を縮めようとするのに

私とヒロの関係を応援しようともする


社長が何を思って私と会っているのか

考えてもすんなり答えは出そうにないけれど


ただ、繋がれた手を少しも嫌だとは思わなかった