孤高
孤高
もう4年もにクリスボッティのCDを聴いた。
トランペットが歌声のようで魅了された。
先日やっとライブを聴くことができた。
ブルーノートでの演奏は息ができないくらい心を奪われた。
彼自身のイメージは演奏そのものですごくうれしかった。
http://www.chrisbotti.com/
赤いベルベットの一輪のバラに見えてならなかった。
★の王子様の1輪のバラみたいだった。
笑顔はどこか悲しくて、今ここにいることに満足を感じさせない空気があった。
彼のトランペットの音色のように孤高という言葉を感じさせる演奏家だった。
孤高:ただひとり、他とかけ離れて高い境地にいること。
でも何かその意味とはまたすこしちがう気がする。
彼の曲にはエドワード・ホッパーの絵がよく似合う。
エドワード・ホッパーの絵も孤高に似た言葉を感じさせる。
彼の風景画は全く行ったこともないのになにかすごく懐かしくて、見ているとなんだか涙が出てきてしましそうになる。
静かに時間が流れていて。何か過去?の記憶の奥のような彼の絵画の世界がやけに恋しくなるときがある。
その場所の空気と音が聞こえる感じがする。
現実と空想の完全に隙間の空間。
手に触れそうで触れられない。
彼の作品の人物は同じ思考で同じ感情で同じ価値観の人のような気がする。
空虚のようで空虚でなく。。むなしいようでむなしくなく。。
無常というよの流れと向き合っている気がしてならない。
わすれている真実と慎ましくも向き合う人間の姿がそこに記されているきがする
だからふと今を向き合う時間ができるとホッパーの絵を見たくなる。
しかも柔らかいオレンジいろの電球の光で。
日曜日の早朝
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/picture/010714.htm
もう4年もにクリスボッティのCDを聴いた。
トランペットが歌声のようで魅了された。
先日やっとライブを聴くことができた。
ブルーノートでの演奏は息ができないくらい心を奪われた。
彼自身のイメージは演奏そのものですごくうれしかった。
http://www.chrisbotti.com/
赤いベルベットの一輪のバラに見えてならなかった。
★の王子様の1輪のバラみたいだった。
笑顔はどこか悲しくて、今ここにいることに満足を感じさせない空気があった。
彼のトランペットの音色のように孤高という言葉を感じさせる演奏家だった。
孤高:ただひとり、他とかけ離れて高い境地にいること。
でも何かその意味とはまたすこしちがう気がする。
彼の曲にはエドワード・ホッパーの絵がよく似合う。
エドワード・ホッパーの絵も孤高に似た言葉を感じさせる。
彼の風景画は全く行ったこともないのになにかすごく懐かしくて、見ているとなんだか涙が出てきてしましそうになる。
静かに時間が流れていて。何か過去?の記憶の奥のような彼の絵画の世界がやけに恋しくなるときがある。
その場所の空気と音が聞こえる感じがする。
現実と空想の完全に隙間の空間。
手に触れそうで触れられない。
彼の作品の人物は同じ思考で同じ感情で同じ価値観の人のような気がする。
空虚のようで空虚でなく。。むなしいようでむなしくなく。。
無常というよの流れと向き合っている気がしてならない。
わすれている真実と慎ましくも向き合う人間の姿がそこに記されているきがする
だからふと今を向き合う時間ができるとホッパーの絵を見たくなる。
しかも柔らかいオレンジいろの電球の光で。
日曜日の早朝
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/picture/010714.htm
「ベアタ ベアトリクス」
ある編集者の方にローレンス・アルマ=タデマ 「見晴らしのよい場所」など様々な絵画を紹介されました。
教えて頂いたサイトを見ているとはるか昔古本屋でみつけた昭和初期の西洋の画家の画集で衝撃を受けた一つの画を思い出しました。
それはロセッティ 「ベアタ ベアトリクス」
Rossetti [BEATA BEATRIX]
この世の物とは思えない美しい女性の横顔、私は画集のそのページをひらき引っ越す迄3年近く部屋に飾っていました。
友人が住んでいたこともありましたが、その画の本物にであいにロンドンのナショナルギャラリーに行ったこともありました。
でもその時は貸し出し中で会うことができず。。知らない間に3年が経ちました。
もうすっかり忘れていた頃、私は上野の美術館でアルバイトしていたので帰り
気まぐれにある展示を見ることにしました。
「ウィンスロップ・コレクション」
見覚えのあるロセッティの女性像。。。
そしてついに
本物の[BEATA BEATRIX]
に出会えました。。。
思い起こせば衝撃の受けた画はたくさんあります。
エドワード・ホッパー「朝の日差し」
これは修学旅行で訪れた神戸の本屋でみつけた「夜更かしの人々」
のpostcardbookをおみやげに買ったことがきっかけでみつけた一枚の画でした。
これも女性の横顔です。
横顔は美しいと感じます。
全てを限定しないからです。
ある程度の想像の部分は美しい物にとって大切だと思います。想像は各人自身の美の領域において
各人が最高の美を作ってくれると思うからです。
大好きな俳優がいても日常など知りたくないのはそのためでしょうか。
その他にも私の好きな画は横顔が多いです。
パブロ・ピカソ 「アルルカン」。。
教えて頂いたサイトを見ているとはるか昔古本屋でみつけた昭和初期の西洋の画家の画集で衝撃を受けた一つの画を思い出しました。
それはロセッティ 「ベアタ ベアトリクス」
Rossetti [BEATA BEATRIX]
この世の物とは思えない美しい女性の横顔、私は画集のそのページをひらき引っ越す迄3年近く部屋に飾っていました。
友人が住んでいたこともありましたが、その画の本物にであいにロンドンのナショナルギャラリーに行ったこともありました。
でもその時は貸し出し中で会うことができず。。知らない間に3年が経ちました。
もうすっかり忘れていた頃、私は上野の美術館でアルバイトしていたので帰り
気まぐれにある展示を見ることにしました。
「ウィンスロップ・コレクション」
見覚えのあるロセッティの女性像。。。
そしてついに
本物の[BEATA BEATRIX]
に出会えました。。。
思い起こせば衝撃の受けた画はたくさんあります。
エドワード・ホッパー「朝の日差し」
これは修学旅行で訪れた神戸の本屋でみつけた「夜更かしの人々」
のpostcardbookをおみやげに買ったことがきっかけでみつけた一枚の画でした。
これも女性の横顔です。
横顔は美しいと感じます。
全てを限定しないからです。
ある程度の想像の部分は美しい物にとって大切だと思います。想像は各人自身の美の領域において
各人が最高の美を作ってくれると思うからです。
大好きな俳優がいても日常など知りたくないのはそのためでしょうか。
その他にも私の好きな画は横顔が多いです。
パブロ・ピカソ 「アルルカン」。。
あのときのあの人に会いたい!
昨日久しぶりに友人の父から大量にもらった映画のパンフの資料を探してた。
するとイーサンフォークが出ているハムレットをみつけた。
私は「今を生きる」のときのイーサンフォークが大好きだった。
あれ以来、彼の大人になる姿を見る勇気がなくて彼の出ている映画は極力見ていない。
そういえば日曜日に藤田嗣治展を見に行った。
帰りに神保町で美味しいコーヒーが飲みたくて喫茶店を探しているとロバートデニーロの「タクシードライバー」の古いポスターが貼られたお店を見かけた。
あのころのロバートデニーロは最高に美しい!
「newyork newyork」「king of comedy」「レイジング・ブル」...でもどこか不器用な役ですこし悲しい?幕切れ。だけど「ranaway」のロバートデニーロはなんだかとてもいとおしい。
そういえばあのころのあの人、その時を切り取ってなつかしむことがよくある。
Yellowを歌っていたときのクリスマーティン。
グッドウィルハンティングの時のマット・デイモン。 ベン・アフレック。
宇野重吉とでていた頃の寅さん。
タイガースの頃のジュリー。
でもいつまでも変わらないのがgreendayかな?と久しぶりに思いました。
するとイーサンフォークが出ているハムレットをみつけた。
私は「今を生きる」のときのイーサンフォークが大好きだった。
あれ以来、彼の大人になる姿を見る勇気がなくて彼の出ている映画は極力見ていない。
そういえば日曜日に藤田嗣治展を見に行った。
帰りに神保町で美味しいコーヒーが飲みたくて喫茶店を探しているとロバートデニーロの「タクシードライバー」の古いポスターが貼られたお店を見かけた。
あのころのロバートデニーロは最高に美しい!
「newyork newyork」「king of comedy」「レイジング・ブル」...でもどこか不器用な役ですこし悲しい?幕切れ。だけど「ranaway」のロバートデニーロはなんだかとてもいとおしい。
そういえばあのころのあの人、その時を切り取ってなつかしむことがよくある。
Yellowを歌っていたときのクリスマーティン。
グッドウィルハンティングの時のマット・デイモン。 ベン・アフレック。
宇野重吉とでていた頃の寅さん。
タイガースの頃のジュリー。
でもいつまでも変わらないのがgreendayかな?と久しぶりに思いました。
