必ず聞いてしまう質問があります。
「なぜその職業に就いているのか」
人生の大部分を占める
「職業」をどのように人々は選ぶのか
めちゃくちゃ知りたがりです。ふ
みなさんも、
興味ないですか?
今日は、そんなお話を少し。
こちら先日参加してきた
時代劇ワークショップ:

かの有名な『水戸黄門』
『大岡越前』などの監督
井上泰治さん主催のものです。
どちらのドラマも
祖父と毎週観ていたし、
何と言っても、
役者を目指すきっかけとなった時代劇。
緊張で死にそうになりながら
受講してまいりました。
楽しかったけど、
色々考えさせられる二日間でした。
「現世に生きていない人々を描写」
することの難しさを痛感したからです。
当時の参考文献は残っていても、
音声や映像としては残っていません。
その時代の人が
どういう話し方で
どういう態度で
どういう表情だったのか
話し方に
抑揚はあるのか
滑舌はいいのか
遅いのか早いのか
どう立って
どう歩いて
どう泣き笑い
生活していたのか。
ただひたすらに想像し、
「こうであろう」という動きで
「それらしく」観せる
ということの
雲をつかむような作業が
ひっじょーーーーに!
それはそれは!
難しく、
腑に落ちないことの連続でした。
現代劇であれば
「そこちょっと違うよね」
と指摘されても
「確かにおかしかったな」
と思い改められますが、
正解のない
(と少なくとも私は思う)
ものを目指すことの
苦しさや。
というわけで、
芸歴11年にして初めて
「そもそも目指していた時代劇の難しさを知る」
ことになった今回のWSでしたが、
なぜ時代劇なのか、というと。。。
~~~
私が役者を目指したのは
15歳のときでした。
当時シンガポールに住んでいたので、
観られる日本のテレビはNHKのみ。
毎週の楽しみは大河ドラマ。
そのとき観ていた
『北条時宗』に
ぴん!と来てしまい、
以来、
「絶対役者になる」
と言って今日に至ります。
そのときは「ぴん!」
という感情でしかなかったけど、
最近わりと
言語化できるようになりました。
私は
東京で生まれ
2歳から4年間ロサンゼルス
中学、高校をシンガポール
と、18歳まで
計9年海外で過ごしました。
物心ついたときはロスだったので、
今でも心の原風景はロスのビーチです。
あの空間にいると癒やされます。
しかし、
私の故郷であったとしても、
ロスからすると、私は異国の人間です。
大人になればなるほど、
土地からの疎外感を感じます。
日本にても、
「帰国子女」という枠に収まり、
決してマジョリティにはなりえません。
しかも私の最も憧れていた
漫画に出てくる「女子中高生」を
体験できずに大人になりました。
シンガポールは
青春時代を過ごした大切な街ですが、
もうそこに家はないし、
そもそも国が変わりすぎて
懐かしい光景はどんどん失われます。
つまりどこにいても
私はカミュの異邦人ばりの異邦人。
「暑かったから」という理由だけで
いつ殺されてもおかしくない気分です。
ていうのは冗談ですが、
要は
常にOutsider感のつきまとう
人生だったということです。
帰国子女のみならず、
思春期にありがちな
「われは何者か」的な
そういうIdentity Crisisって
みんなありますよね。
そこに中二病のスパイスが加わり、
「役者になったら
その世界の住人として
胸張って生きられる!
しかもどの時代のどの国の
どんな人物にもなれるじゃないの!」
という単純思考につながったわけです。
北条時宗おそるべし。
そんなキラキラ脳から早15年。
未だにその時の
「ぴんっ」
の感覚だけは
なぜかずっと忘れません。
ちなみに異邦人感ですが、
今でもアメリカで異国人扱い
(英語うまいねといわれたり)
されるとちょこっとムッとするし、
シンガで観光客扱いされると
なめんじゃねーぞと思うし、
昔流行った日本の曲を知らないと
あーやってしまったと思うけど、
そうはいっても十人十色だし
所詮みんな地球人♪
レッツポジティブ
しているので、
どこにいても割と心は平穏。
ほっこり♪
ただ
役者をやるんだ!
という信念だけが残った
30歳の宮川千恵でした。
みなさんの職業選択話、
ぜひ聞かせてください♪
では、未だかつてない乱文
失礼いたしました、っと。





