米国では3月に,1年で「最も危険」と言われる日がやってくる。そんなことを言われると,いったいどんな恐ろしいことが起きる日なのだろうかと心配になるが,おそらく日本人には想像も付かないだろう。その日とは,「デイライトセービングタイム」が開始された直後の月曜日のことだ。この日は,交通事故,職場でのケガや心臓発作などが,増加するといわれている。

過去に日本でも導入が検討されたことがあるデイライトセービングタイム。日本でも耳にしたことがある人も少なくないだろう。デイライトセービングタイムとは,省エネの観点から,一部の国で導入されている,いわゆる「サマータイム」のことを言う。日照時間が長くなる春先から秋までの間,時計を1時間早めて電力消費を削減する目的で行われているシステムだ。デイライトセービングタイムの開始日時は,実施している国によって異なる。2015年は米国(ハワイ,グアム,アリゾナ州(1部地域を除く)では導入していない),カナダ,キュ
ーバなどで3月8日(3月の第2日曜日)に,英国やヨーロッパ諸国では3月29日(3月の最終日曜日)に,国民は1時間という時間を失う。

米国では,1918年からデイライトセービングタイムが採用されている。実は,実施期間が現在のような長期(3月の第2日曜日から11月の第1日曜日まで)になったのは,つい10年ほど前だ。2005年に高騰する石油輸入価格に対応するため,ジョージ・W・ブッシュ政権下で成立された「2005年エネルギー政策法」で改正された。この法案によりデイライトセービングタイムの実施期間が1カ月引き延ばされた。だが近年,8カ月という世界でもっとも長いデイライトセービングタイムを実施している米国で,その効果に対する懐疑的な声
が高まっている。それどころか,デイライトセービングタイムというシステムの継続に反対する意見もあり,廃止させようとする動きも出始めている。

まず,そもそもこのシステムが,実際に省エネなのかどうか疑問符が付けられている。デイライトセービングタイムの省エネ効果について知るには,2008年に発表された米エネルギー省の報告書が参考になる。「2005年エネルギー政策法」の効果を検証するための報告書だが,それによるとデータが集計された2007年は約1.3テラワット(TWh)の節電になり,4億9800万ドル(290万バレル相当の石油)を節約できたという。かなり大きい数字に聞こえるが,年間電力消費に換算すると,わずか0.03%しか影響がないことにな
る。つまり,デイライトセービングタイムが必ずしも節電になるとは限らない。インディアナ州を例に見ると分かりやすい。タイムゾーンが2つ存在する(つまり時差がある)インディアナ州では,デイライトセービングタイムを実施している地域としていない地域が混在していたが,2006年にすべての地域で実施することになった。その結果どうなったかというと,一般家庭での電力消費が減るどころか約1%も増えてしまったのだ。せっかく照明を使う時間を減らしても,エアコンやヒーターの使用量が増え,トータルでは電力消費が増えるという
逆転現象になっている。
ただ実のところ,このデイライトセービングタイムの本当の恐ろしさは,省エネ効果が期待できないという生易しいものではないようだ。もっと深刻なのは,この制度が人体に与える影響だ。突然,1時間も時間を失うことで人体は混乱するらしい。デイライトセービングタイムの実施で,睡眠パターンが変わることで十分に休息できず,交通事故,職場での怪我や心臓発作などが増えるのだ。米Fatal Accident Reporting System(米死亡事故報告システム)のデータによると,デイライトセービングタイム開始後の月曜
日には交通事故が17%増加することが判明している。また,2012年にアラバマ大学が発表した研究では,デイライトセービングタイム開始後の月曜日と火曜日には心臓発作が10%増えるという結果が出ている。

たかが1時間の睡眠と侮ってはいけない。多くの米国人が,なかなか疲れが取れないと感じたり,眠気に襲われることで仕事の効率が悪くなっているのだ。事実,知人の米国人に話を聞くと,普段仕事で飛行機移動が多く時差に慣れているはずのエミリー(33)は「もう1週間以上経つのに,なんだか仕事中もずっと体が疲れているんだよね」と語り,また朝ジョギングをするのを日課にしているジョージ(35)は「デイライトセービングで時間が変わってから,朝起きるのがつらい」と嘆いていた。年に2回も強制的に時差ボケになっている状態だか
ら,それも仕方ないのかもしれない。ではなぜ,世界各地でいまだにデイライトセービングタイムが導入されているのだろうか? 一般的に言われているのは,経済的な理由だ。デイライトセービングタイムによってショッピングやスポーツなど屋外のアクティビティが増え,数百万ドルもの経済効果をもたらすといわれている。とはいえ,屋外に出かけるにはクルマで移動するわけであって,ガソリンの消費量が増えるという矛盾はあまり指摘されていない。

デイライトセービングタイムで恩恵を受けるビジネスもあれば,逆もある。損害を受けているビジネスのひとつが航空業界だ。ブッシュ政権時に施行された2005年エネルギー政策法では当初,実施期間が1カ月間ではなく,2カ月間延長されることが検討されていた。だがそうなれば,国際線のスケジュール調整などで,米国航空業界に毎年1億4700万ドル(約176億円)もの損失が生じることが判明。そんなことから,最終的には,1カ月間の延長で落ち着いたが,それでも航空業界ではそれなりの損失が生じているようだ。

でもデイライトセービングタイムを導入する日はやって来るのか
 日本では今のところデイライトセービングタイムは導入されていない。だが,これまでも国会議員などによって,何度となく導入が検討されてきた。もしかしたら今後もそんな話が出てくるかもしれない。だが,ただでさえ働き過ぎの日本人に,1時間の変動はどんな影響を及ぼすのだろうか。少なくともポジティブには働かないのではないだろうか。実際に導入している米国で起きているマイナス効果を見ると,これまでの日本の選択は間違ってなかったと言えるだろう。わざわざ1年で最も危険な日を,日本に作る必要はない。

ミスターサマータイム