はじめに
私は独自の絵柄の確立には四六時中悩んでいる。おそらく絵を描いている人たちからすれば共感する事柄だと思う。
本格的に絵について考えるようになって三年が経過した。その間、私の絵柄は幾度となく変化した。本記事ではその変遷の様を当時実際に描いた拙劣な絵と共に綴っていく。
もしあなたが絵を描く人ならば、本記事があなたの絵柄の探究の助力になることを願っている。
(2022/03/17)〜(2022/03/30)
駆け出し期間
当時私は15歳だった。この時期は線画はアナログで描いていた。この時期は米津玄師氏の不思議な雰囲気の絵に強い関心があって、その影響が現れている。深い意味は込められていない。ただひたすらに趣味を詰め込んでいるのみである。
だがやはり、自分の趣味が込められた絵なだけあって、今見返してもかなり好きな絵である。
(2022/08/11)〜(2022/09/21)
迷走期間
この時期からX(当時Twitter)を本格的に運用することを志した。そのため、この頃の絵は自分の趣味を封印して、大衆に好まれる絵……いわゆる美少女イラストを描くことにした。Ixy氏をはじめとした美少女イラストレーターを熱心に研究していたものだ。
しかし今思えばこの頃の私は大衆迎合的な性格をしていて、好ましくない。私にとってこの時期の絵は好きになれない。
それでもこの時期の経験は決して無駄ではなかった。それまで美少女イラストのような「かわいい絵柄」「ポップな色味」を全く自分の絵に取り入れてこなかった私が美少女を描く、という経験は大変刺激的だった。
未熟なうちはいろんな絵柄を好き嫌いせずに試してみるのが好ましいように思う。美少女を全く描かない人も、一度美少女を描いてみてほしいし、逆に美少女しか描かない人は、美少女以外のものを描いてもらいたい。何か気付きが得られるかもしれない。
(2022/09/30)〜(2022/10/29)
内省期間
この時期になって私は、自分が大して好きでもない絵柄の絵を躍起になって描いていたことに気付いた。そこで、私はかつての自分の趣味を詰め込んだ絵柄の絵をもう一度描いて初心に戻ることに決めた。当然ながら米津玄師氏の絵を意識していた。
当時一つ閃いたことがある。それは「自分の趣味の詰まった絵柄で美少女を描けばいいのではないか?」ということ。これこそが自分の趣味を封じることなく、かつ完全にではないが、大衆のニーズに沿うことができる折衷案だと考えた。そして描いた絵が(※①)だった。この方策は功を奏し、(※①)は過去最高のいいね数を記録した。
(2023/01/17)〜(2023/01/30)
寄道期間
この頃、またしても新しい絵柄を扱うことを決めた。「ペルソナ」シリーズで知られる副島成記氏の線画や配色を真似ることとなった。
副島成記氏の絵は最高にクールである。彼に似せた絵を描いたこの時期は短かったが、得られたものは多かった。
(2023/02/17)〜(2023/06/05)
実験期間
副島成記氏の絵柄を少しばかり分析した後、
先程上記した「自分の趣味の詰まった絵柄で美少女を描けばいいのではないか?」というこの方策を再開することにした。これらの絵を公開した後の反応はかなり良く、やはりこの方策は一つの答えであるように思った。
ちなみにこの頃キャラデザの勉強を熱心にしていた。参考にしたのはくるみつ氏の著書『「キャラクター」のデザイン&描き方: カラフルポップで魅せるイラスト技巧』である。(※②)の絵はその影響が顕著に現れている。
(2023/06/06)〜(2024/04/14)
空白期間
ここから長い期間、私は絵を描くのを中止した。いや、厳密には「Twitterに投稿するようのデジタル絵」を描くのを中止した、と言った方が正しいだろう。この頃私は受験シーズンだった。とある芸大を志望していたため、木炭デッサンと油彩に明け暮れていた。このアカデミズム的な演習スタイルを敬遠する漫画描きやイラスト描きは少なくないように思う。しかし、この演習スタイルの効果は確かにあったのだ。観察眼、審美眼が養われる。モノを立体的に捉え、描き起こしたり、美しい階調や色調を画面上に作る力が鍛えられる。不思議なことに、人間を描く練習をせず、人間とは程遠い無機物をモチーフとしたデッサンをしていても、勝手に人間を描くのが上手くなるのである。おそらくこの演習スタイルによって得られる力はきわめて基礎的で、かつ汎用性の高いものなのだろう。
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ニューディール期間
新生活が始まった。高校時代からそこそこ真面目に絵を描いてきたつもりだったが、この新生活シーズンを期に、改めて真剣に絵を描こうと決めた。漫画も真剣に描きたい。(今まで省略していたが、私は高校時代に絵と同じくらい漫画も熱心に取り組んでいた)
新規まき直しとして、全く新しい絵柄を扱うことにした。今現在、私はポップアートやグラフィティアート、パンクロックに強い関心を持っている。私はデカルトの方法的懐疑やヘーゲルの弁証法の性格を孕んだ進歩主義を掲げているが、この主義がポップアートやグラフィックアート、パンクロックの持つシニカルさ、反抗的な姿勢、反エリート的性格と合致したのである。
映画「スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース」の美術設定やグラフィティアート的なデザイン、それからアメコミを参考にしつつ新しい絵柄を作り上げた。そして出来上がったのが(※③④)である。
しばらくはこの絵柄の試作に取り組んでいく。しかし、ここで独善や偏見に陥ってはならない。必要とあらば、現在の絵柄を捨てて、方針を180度変更するような、思考の柔軟さが進歩には不可欠である。
おわりに
このように、私は六度絵柄を変えた。そして、これからも何度でも絵柄を変えていくだろう。それはひとえに私が自分の絵柄に満足することがないからである。いや、もしくは満足してはいけないのかもしれない。決して今の自分に満足することなく、邁進する気概こそがクリエイターには必要に思う。