夕餉も是非と誘われたが,流石に桂が機転を利かせてここを発つ為の荷造りをしなければと嘘を並べて帰ることに成功した。

 

 

そして実家が見えなくなったこの場所でもう限界としゃがみこんだ。

桂は寄り添って優しい言葉をかけてくれるが,間違いなくあの運動が余計だったぞと三津は睨んだ。

 

 

「このまま真っ直ぐ帰ろう。」

 

 

「駄目です。お店に顔出すと約束してます。」 easycorp

 

 

明日ここを発つのなら,お店で何か出来るのは今日が最後だ。来ているお客さんに挨拶するなり,最後に出来る事はしておきたい。

三津はすっと立ち上がり時間がもったいないとまた歩き出した。

 

 

「こんにちは。」

 

 

三津と桂が店に着いたのは丁度忙しい時間も過ぎた辺りだった。

 

 

「あっ!姉上!」

 

 

「挨拶おつかれ様〜緊張した?」

 

 

今日も三津の穴埋めをフサとすみが当たり前のようにしていた。

そして当たり前のように事情も把握しているようだ。

 

 

「こんにちは。フサちゃん久しぶり。」

 

 

「木戸様!ご無沙汰しております。この度は姉上とのご結婚おめ……おめ……。」

 

 

「祝いたくないんだね。いいよ,無理して言わなくていいよ。」

 

 

暖簾をくぐって早々にこんな扱い受けるとは。桂は苦笑いで頬を掻いた。それからじっと視線を送ってくるすみに目を向けた。

 

 

「えーっと……。」

 

 

「ほぼ初めましてでございます。入江すみでございます。」

 

 

「入江って事は九一の……。」

 

 

「はい,妹です。」

 

 

愚兄がお世話になっておりますと恭しく頭を垂れた。

 

 

「ご結婚もおめでとうございます。」

 

 

「君は祝ってくれるんだね。」

 

 

入江の味方かと思っていたから意外だった。フサのように兄に陶酔はしてないらしい。

 

 

「三津さんはうちの愚兄にはもったいないと思ってますし,桂様は私の元夫に比べたらマシ。あのクソ男。」

 

 

数少ない味方を見つけたのに,何やら聞かない方が良かった言葉が聞こえた気がする。

 

 

「すみさん,この方もクソ男ですよ?お忘れですか?姉上放ったらかしてる間に一人孕ませて十三歳にも手を出したの。」

 

 

フサが桂をクソ男呼ばわりしたから三津はぷっと吹き出した。フサは完全に敵になったなと桂は判断した。

 

 

「クソ男でも顔良くて財力あるクソ男ならまだマシよ。」

 

 

『三津の返答の切れ味が増したのは文ちゃんだけが原因じゃないな……。』

 

 

桂は暴言を吐くすみを呆然と眺めていた。自分もクソ男の仲間入りしてるようだが反論は出来ない。したら三津より鋭い返答に心がズタズタになると思う。そうなると,泣いちゃう。

 

 

「伊藤さん仕事ぶりは真面目なんですけどねぇ。ちなみにこっちに来てますよ。今小五郎さんの配下についてるんやって。」

 

 

「は?また来とるそ?あのクソ男。見かけたら塩投げつけてやる。」

 

 

『すみさんの元夫って伊藤君か……。そう言えば聞いた事あるような……。』

 

 

ここも複雑だからなるべく余計な事は言わないでおこうと桂は思う。そして会わせてはならない。

 

 

「三津さん疲れたやろ?座ってお茶飲み。おはぎ食べる?」

 

 

一之助がこっちおいでと手招いた。三津は嬉しそうについて行こうとするから桂は慌ててその体を引き止めた。

 

 

「有り難いが明日ここを発つから荷造りをしなければならない。三津,帰ろうか。」

 

 

お前に構ってる暇はないと桂は一之助を牽制した。

 

 

「木戸様そうやって姉上を縛り付けるとまた愛想尽かされますよ。

それに泣いて帰ってくるのが目に見えてるので荷造りの必要はないのでは?」

 

 

フサの一言は桂の胸に鋭く突き刺さった。

やや反抗的な目を向けられたが桂はその顔に懐かしさを感じた。

 

 

「フサちゃん,今度こそ本当の本当に三津を手放したりしない。絶対に幸せにする。稔麿が叶えられなかった分まで必ず。」

 

 

「当たり前です。また次があればただじゃ済みませんからね。」

 

 

フサにここまで想われて私は幸せだと三津は満面の笑みを浮かべた。

その可愛い妹は桂にその憎たらしい目が兄にそっくりだと言われてちょっと嬉しそうにしている。