理屈や科学と結果の整合性を執拗に要求されることが多い。でも現実は理屈と科学で説明できるほど簡単なことばかりではない。
だからそういう要求は上手くかわしていかなければいけない。
囲碁でも人間は考えが発散する中で、感覚や経験を頼りに決断するということを繰り返す。
これは普通に当たり前のように行われる。囲碁は宇宙のように無数の可能性があると考えられているし、打ち手が全て責任を握っているからだ。
社会でも難しい局面でデタラメな理屈、科学しか揃えられなくても押し通す能力が最大の武器になる、それは人間である以上仕方ない。
組織の一員として何か決断や筋(無理筋なら特に)を通すことは非常に骨の折れること、、
またAIの話になるが、、囲碁において人間を越えた能力を有するAI同士での対局が50局これから公開されるとのこと。すでに10局が公開されていて、1局拝見した。
この両者の一手一手は囲碁の世界においては世界最先端の理屈、科学の結集であるはずであり、関心するような美しい手や芸を期待していた。
が、そこで繰り広げられている一手一手はあまりに理解不能で真新しい手ばかりであり、理屈、科学で説明できる人はなかなかいないと思われた。
人類の何代にも渡る襷リレーには科学や理屈を追求できなかったものが、新しい道具によって開かれた。
囲碁はかなり研究された分野であるにも関わらずこの感じでは、、世の中ではびこる理屈や常識はデタラメばかりだったりして。
人間が正確な決断を下すのは限界がある、少なくともAIにはそれを補完する可能性を感じる。