前回、ビジネス用語の“バーター”について記事を書いた。
ここで終わろうと思ったら、もう1つの“バーター”が、どうやらあるらしい。
芸能界で使われる用語としての“バーター”である。
たとえば、こんな場面で使われるようだ。
~TV番組の担当者P氏と芸能事務所の営業担当Q氏の会話~
P:「今度始める新番組、いま人気絶頂のおたくのR子ちゃんをメインにしたいと思ってるんだよね。」
Q:「ありがとうございます。ただ…おかげさまでR子の人気はウナギ昇りでして…あいにく現時点でスケジュールぱんぱんなんですよ。」
P:「そんなつれないこと言わないでよー、Qちゃん。新番組は、R子ちゃん頼みのとこあるから頼むよー。」
Q:「うーん。そうは言われましても…あ、そうだ。実は今、ウチに売り出し中の新人芸人コンビがおりまして。こいつらも、その番組にレギュラーで出してもらう、というのはどうでしょう?それでしたら、R子のスケジュールも、優先的に押さえるように頑張れますけど。」
P:「つまり、“バーター”ってこと?うーん、芸人を出す内容の番組じゃないんだけどなあ。まあ、R子ちゃん獲得の為なら仕方ないか。」
一見、この“バーター”も、前回取り上げた《交換条件》という意味で理解しても文脈として齟齬は来たさないように思われる。
しかし、ここではより狭義に、《抱き合わせ》という意味で使われているという。
さて、この裏付けをどう取ったらよいものか。
業界用語と言われるものは、所謂「俗語」として扱われ、一般の辞書に掲載されることの方が圧倒的に少ない。
もしやと思い、図書館で『隠語大辞典』(2000,皓星社)も引いたが、徒労に終わった。
こういう時は本当に困る。
ソースの信頼性の面からできるだけ避けたかった(※脚註参照)のだが、インターネット上の集合知から引用させてもらうことにする。
バーター出演 【ばーたーしゅつえん】
抱き合わせ出演を意味する業界用語。
芸能プロダクションが、所属の有名芸能人をテレビやドラマ等に出演させる際に、格下の芸能人と組ませて出演させること。芸能プロダクション側にとっては、利益率を高めたり、格下芸能人の知名度を高めたりする効果が期待される。
同一番組に出演させるだけでなく、雇用主同士に関係のある別番組に出演させる場合もある。
物々交換を表すバーター取引(barter)が語源。
「束」の逆さ読みとの説もあるようです。
(Hatena Keywordより、2017/8/14 19:45時点で引用)
基本的には、筆者が前回取り上げた“バーター”と同じく、英語由来のものと捉えている。
しかし、ここで注目しておきたいのが、最後の一文。
「逆さ読み」、言語学用語でいうところの「逆さ言葉(back slang)」にその由来を求める説があるという点だ。
たしかに芸能界の用語といえば、
寿司 > シースー
銀座 > ザギン
マネージャー > ジャーマネ
と、逆さ言葉がたくさん思いつく。
「束 > バーター説は眉唾だ」と一笑に付すのはもったいない気がしてくる。
では、裏付けをとるにはどうしたらよいか。
筆者は、ポイントが2つあると考えている。
まず、役者や芸人を「束」で数える用例の有無。
「束」と言えば、《細長いモノ・平ぺったいモノを一つに括った単位》である。
比喩的な場合を除いて、ヒトには使わない表現だ。
もう一つは、「束」が使われる別の表現との関連性。
ぱっと思いつくのは、「束になってかかる」「束で売る」「二束三文」くらいだが、いずれも「束」の構成物(<束にされるモノ>)のイメージはマイナス(《力が弱い》、《価値が低い》)だと言える。
だが、芸能界の用語としての“バーター”が、《抱き合わせ》という意味で通用するからには、少なくともその「束」を構成する中心には、プラス(《力が強い》、《価値が高い》)のイメージを持つ構成物が含まれていることになる。
これらに対する筆者なりの仮説は、こうだ。
役者や芸人を「束」で数えるとすると、それは名札ではないのか。
歌舞伎や能、狂言といった伝統芸能の顔見世公演では、今でも役者の名が書かれた札が会場前に掲げられているし、寄席では「めくり」と呼ばれる「いま出演している噺家や芸人の名を書いた紙の名札」がある。
特に後者は、名前が書かれた紙札を予め出演順に綴じたもので、出番とともにめくられていく。
そう、「めくり」とは、名札の「束」なのである。
そして、「めくり」の最初の方には、「前座」に始まる発展途上の演者が来て、「トリ」と呼ばれる真打が最後に来る。
この「トリ」は、《最後に出演する、その公演の目玉》であり、一説には《まとめて報酬を受け取る人》というところからの呼称とも言われる。
つまり、公演の目玉である「トリ」が、芸の道に入ってまだ年月の浅い前座を、同じ「めくり」の紙の「束」に入れて、一緒に報酬を受け取るシステム、ここから産まれた言葉が、芸能界用語の“バーター”なのではないだろうか。
カタカナ表記は時に有標性(markedness)を示すために用いられる。
外来語に用いられるのも、それが「元からある日本語ではないよ」という標識を示している面がある。
同様に、「これは普通の言い方ではないよ」という標識のために、カタカナ表記を使う場合もある。
今回取り上げた「逆さ言葉」がそれだ。
能記(signifiant)たる表記が同じで、所記(signifié)たる意味が重なっている2語を、共時的に別の語だと説明するのは大変に困難である。
せっかくなので仮説を検証したいのだが、いつになるやら。
(註:インターネット上のソースが、一律に信頼性に問題ありと言うつもりはない。但し、「文責の所在が特定されていない」「参照可能な一次情報源が示されていない」という点において、信頼性が高くないと言わざるをえない、筆者はそう考えている。)