今日、日本社会においてZ世代は「すぐ辞める若者」「打たれ弱い世代」として語られがちである。とりわけ、就職後3年以内のZ世代の早期離職率の高さは、個人の忍耐力や価値観の問題として説明され、「若者の側の問題」へと回収されてきた。しかし、データが示す統計や議論を踏まえると、この理解は極めて表層的であり、Z世代がどのような教育環境のもとで形成されてきたのかという構造的視点が決定的に欠落している。

 

Z世代の多くが中高生期を過ごした2000年代後半から2010年代にかけて、日本の中等教育は学力保証と統制を軸とする「管理教育」を一層強めていった。全国学力テストの定着、内申点重視の進路指導、評価指標による学校・教員管理の強化は、教育現場を「失敗させない」「逸脱を起こさせない」空間へと変質させた。その結果、生徒は自ら問いを立て、葛藤し、他者と衝突しながら成長する機会を奪われ、正解があらかじめ用意された課題を効率的に処理する能力のみを求められるようになった。

 

この過程で決定的に変化したのが、先生と学生の距離、そして学生同士の距離である。管理教育のもとでは、教師は評価者・管理者としての役割を強く担わされ、生徒と個人的に深く関わることがリスクとみなされやすくなった。結果として、教師は生徒の内面や葛藤に踏み込むことを避け、制度的・形式的な指導に終始しがちとなり、先生と学生の心理的距離は大きく広がった。生徒にとって学校は「理解してくれる大人がいる場」ではなく、「評価される場」へと変わっていったのである。

 

同時に、学生間の距離も拡大した。協働や対話よりも個人成績や内申点が重視される環境では、他者は仲間ではなく潜在的な競争相手となる。いじめやトラブルは「なかったこと」にされやすく、深い人間関係を築くよりも、適度な距離を保ち、波風を立てないことが合理的な行動となった。その結果、Z世代は同世代との濃密な関係性や衝突経験を十分に持たないまま成長していくことになる。

 

このような教育環境は、Z世代に二重の影響を与えた。第一に、彼らは自己決定や進路選択を「自分の問題として引き受ける」経験が乏しいまま、大学・就職段階へと移行している点である。進路指導は一貫して安全志向であり、「とりあえず進学」「とりあえず内定」が推奨されやすかった。仕事の意味や自分との適合性を、他者と議論しながら深める経験は極めて限定的であった。

 

第二に、学校で希薄化した人間関係の反動として、Z世代は就職先に対して「人として受け止められる場」であることを強く期待するようになった。先生にも友人にも深く支えられなかった経験を持つ彼らにとって、職場は初めて本格的に他者と協働し、承認される場となりうる。しかし、現実の企業組織では、十分なOJTや対話の機会が与えられず、暗黙知に基づく放置型育成が依然として多い。このギャップは、早期の孤立感や違和感を生みやすい。

 

データが示すように、早期離職は特定の産業や企業規模に集中しており、離職理由の中心は「人間関係」「仕事内容との不一致」「育成不足」である。これは、若者の性格ではなく、関係性の育成の不全を示している。それにもかかわらず、Z世代の行動は「我慢できない」「逃げが早い」と誤解され続けている。

 

しかし実際には、Z世代は「関係性を学ぶ機会」を奪われたまま社会に送り出された世代である。先生とも、仲間とも、深く関わる経験を持たずに育った彼らが、職場で孤立や不一致を感じたとき、離職という選択を取ることは、むしろ合理的な行動である。Z世代の早期離職は、個人の弱さではなく、日本の中高教育と企業社会の接続不全を最も鋭く可視化する現象なのである。