『石狩川の始まりって一体どのあたりなの?』って、誰に聞いたらいいんだろう? -9ページ目

流れ星にお願い☆彡

一回ぐらいは「ブログネタ」で書いてみよう(笑)。


私が流れ星に願う「お願い事」は、そうですね、椎名慶治さんのソロ活動が順調にいくこと、ですかね。


流れ星に願うって、ひとつしかダメなんでしょ?(間に合わないしね!)


だったら、それを。



私が一番「そうなって欲しい」と願っていることは、それなのです。


簡単に叶うとしても、一番は一番ですからね(笑)。


いつでも、どこにいても、それが一番です。






……で、もしふたつ目がいけそうな時は「ダイエットうまくいきますようにキラキラ」ってお願いします(笑)


だって、それが2番目なんだもの(笑)




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音痴。

ぶっちゃけ、私は『リズム音痴』だと思う(笑)。

聴いてる分にはリズムを掴めるんだが、歌うと一拍乗り遅れる。

更に、一緒にノろうとすると、100%置いていかれる(笑)。

聴くことに集中しないとリズムが掴めないのだ。



これがライブだと、悲惨なことになる。

リズムを掴むために必死になると棒立ち、一緒に歌おうとすると手拍子は間違いなく遅れていくのだ……。



SURFACEのライブでも、そんなふうに、椎名くんを見ようと必死になればリズムは取れない、リズムを取ろうと必死になれば棒立ち、歌いながら手拍子するとズレていく……。


12年間のうちライブに行ったのは実質11年でしたが、11年やってみても直らなかったので重傷なんだろう(笑)。



他のライブでも多分同じ現象が起きていたんだと思う。

気付かなかっただけで。

そもそも、SURFACEに行き始めてからの11年間で、他のライブに行ったのなんて僅かなもんだ。

TM NETWORKとか槇原敬之とかさだまさしとかAXSとか玉置浩二とか稲垣潤一とか、まあ、その程度のフレッシュさが欠片もないあたりと(笑)、あとはインディーズバンドのライブくらいで。


その中で『リズム音痴』を痛感することもなく、大事に持ち帰って、大事なSURFACEのライブで毎回痛感するわけだ。


なんて……なんてリズム音痴なんだ……


_| ̄|○ ……



よく考えてみたら、別に歌が下手なわけではない。

リズム音痴だと大抵歌も音痴になりがちなのに、何故だろう?



友人に言わせると

「アンタ、椎名くん見すぎなんだよ。椎名くんばっかり見てるから、遅れるんだ。ただ単に見とれすぎなの!!」



…………それだけが理由なんだろうか?


↑否定はしないんだ?(笑)




未だに理由は判明していない。

一体誰に聞けばわかるんだ?

音楽やってた人とか、やってる人?





…………あれ?



…………私、昔、ピアノ習ってたような気が……



別に何も言われたことないし……




……ということは、やはり


「椎名くん見すぎ」なの?!(汗)



_| ̄|○ ……




SURFACE

私にとって、SURFACEって何だったのか。

人生の中の12年間のほぼ全部を一途に好きでいられた、唯一の存在です。


音楽って、人間関係と同じで、自分の年齢や生活環境が変われば、好みも「一番好き」も変わってゆくものなんじゃないかと思う。

もちろん、核の部分は揺るがないものだったり、ずっと一番好きでいられるものもあるし、それは様々で。


だけど、小学生の時に一番好きだった歌と仲良しだった子、高校生の時に一番好きだった歌と好きだった子、社会人になったばかりの時、ちょっと慣れてきた頃、すっかり先輩になってしまった時に影響を受けた歌や人……そんなふうに変化していくものもあるんじゃないかと思う。


音楽も人間関係も、そうやって積み上げて、人生の中に刻んでいく。

心の年表に記載したたくさんの音楽も人間も、今ここにいる自分を生み出した歴史のひとつで、「自分」を形成する成分のひとつ。


私の年表の中の12年間、その中の更に10年間、ここに記された人たちの名前は大変多く、記録された出来事は大変濃く、そしてその間の一番目の音楽を独占し続けていたのがSURFACEである。


こういう出会いがあった事は、私の人生の宝だと、今は思う。


まるで出会い頭にぶつかったみたいに始まったのに、気付いたらその人と何かを熱く語り合っていた、みたいな。


ずっと、そうやってSURFACEと音楽を語り合っていたような気がする。


朝から晩まで、365日、そうやって12年間やってきたような気がする。


SURFACEという器が無くなった今も、まだそれは続いてるのではないか……とも思う。


椎名慶治と永谷喬夫という個人になり、それぞれの目指す道があって、それぞれのその先がある。

その道が再びひとつになる日が来るかもしれないし、残念だけど来ないという可能性だってゼロではない。


私は、椎名慶治という人の行く道も永谷喬夫という人の行く道も、見つめていくつもりではあるけれど、SURFACEが占めている場所はきっと、どちらにも譲れないのではないかと思う。


椎名慶治というアーティストがどんなに私を虜にしても、SURFACEの場所は譲れないんじゃないか。


それくらい、SURFACEという存在は、私の人生の中で凄いものを残したのです。


ずっとすごく好きだったTMだって、「じゃあ、揺るがなく一番だったか?」と問われればノーと即答できてしまう。

すごく好きだったけれど、一番が揺るがないわけではなかった。

「あー、この歌が今一番のマイブームだなぁ」

なんて思うTM以外の曲が、ひとつふたつみっつはあった。

もっとあったかもしれないし。

だけど、この12年間、振り返ってみてもそんな事は一度だってなかった。

いつだって私の一番はSURFACEだった。

それだけ、何よりも大事だった。

それだけ、何よりも愛していた。


そういうふうに思える存在、それが、私の「SURFACE」なのだ。



これから先、いろんな人に出会い、いろんな音楽を聴く。

自分の年表に新しく刻み続けていく。


でも、どうか、SURFACEの場所はそのままにして欲しい……と密かに願ってしまう。


それが椎名くんであっても。


私の、SURFACEの場所は、塗り替えないで。


『永遠の一番』なんていうセンチメンタルな言葉で記せば、それで綺麗にまとまってしまう。

そんな綺麗なもんじゃない。

彼らはもっと足掻いて足掻いて、12年間私の一番を死守し続けた。

だから、私も、死守し続けていくんです。


器は無くても、SURFACEとはそういう関係でいたい、ずっと。