eureka
Amebaでブログを始めよう!

Wen sets out huge industrial ambition

下で紹介した記事に関連の記事である。

中国の首相が発表した中国の産業政策における展望(記事では野望となっている)についての記事である。

下の記事では、中国のエネルギー事情と鉄鋼製造の現状について少し触れた。
一人当たりエネルギー消費量はまだ少ないが、人口を考えると将来的には莫大なエネルギーを消費するであろうことと、製造設備の立ち後れからくるエネルギー効率の悪さも問題とされていた。

中国は、その効率の悪い設備を閉鎖していくようである。

首相のWen氏の全人代でのスピーチによると、以下の通りである。

・今後五年間で、ドイツ一国における鉄鋼生産量を上回る分の時代遅れな製鉄工場を閉鎖する。
→これは、5年間で5500万トンの鉄鋼に相当。
・今後五年間で、拡大EU圏とほぼ等しい生産量分の時代遅れな鉄炉(iron furnace)を閉鎖する。
→これは、5年間で1億トンの鋳鉄に相当。

とにかくすごい量を効率的な新しい設備に更新していく、と言うことを意味しているようで、こういう工事を請け負うエンジニアリング会社などの業績はここ5年間は確実に伸びていくように思う。

別の記事(Wen calls on China to raise its game on climate change)には、こんなことも載っていた。

・IEA(International Energy Agency)によると、今のままのエネルギー消費で突き進むと2009年には温室効果ガスの最大の排出国となる。
・去年カリフォルニアに存在する2倍の容量の発電所を新たに設置した。
・その90%は石炭による発電である。

石炭による発電の設備を大量に作る、と言うのはどうなのだろうか。
石油の枯渇が問題化しているが、石炭はまだかなりの可採年数が残されているため、エネルギーバランスだけを考えると石炭を上手に使っていくことは大切だと思うが・・・

また、中国はインドの独壇場であるアウトソーシング産業の一翼も担いたいようである。
特に日本向けのサービスを中心にしたいようだ。
もう既に注目されているのかもしれないが、中国人向けの日本語学校は伸びる可能性が大きいかもしれない。

China hits at 'unfair' attack on energy use

中国の環境問題への取り組みについて、Financial Timesに記事があった。

タイトルの記事であるが、中国がその過大なエネルギー消費に対する海外からの批判を不公平である、として反論したと言うところであろうか。

国民開発改革会議(と言う訳が妥当であろうか?National Development and Reform Comissionのことである)の代表であるMa氏によると、以下のような事実からその批判が的外れであるとして、中国を批判をした人々を糾弾したいようだ。

・2005年のアメリカと日本の国民一人当たりの原油輸入量は中国の20倍もあった。
・石炭の消費を推進することで、90%のエネルギー自給率を達成することができる。

Ma氏は、中国は世界のエネルギー市場をむしろ保護する側になっているのが現実である、とも述べている。

まだ一人当たりのGDPが先進国に比較して小さい現状では、確かに一人当たりのエネルギー消費量が少ないのだろうが、中国の場合に恐ろしいのは、かけ算されることになる人口の多さと、現状の製造設備の非効率である。

この辺りの中国の製造設備の非効率について、ユン・チアン氏の著書である「マオ」に書いてあったまま、毛沢東時代からあまり変わっていないままなのだろうか?

個人的には、石炭の消費の推進で90%のエネルギー自給率を達成できる、というのもなんら宣伝材料になっていないと思う(日本に住む自分としては、中国で炊いた石炭の排気ガスがジェット気流に乗って日本に到達することを考えると・・・賛成できないことである)。

・中国の鉄鋼メーカーのエネルギー効率はアメリカの鉄鋼メーカーの半分である(同じ量の鉄鋼を製造するのに中国のメーカーはアメリカのメーカーの倍のエネルギーを消費する)。

このような非効率な設備で消費された資源の量と言うと、2005年の実績では以下のようになるそうだ。

・世界の鉄鋼の31%を消費した。
・その大量の鉄鋼を作るための結果として、世界の41%の鉄鉱石、35%の石炭、23%の銅を消費した。

2002年以来、世界の消費材の価格は中国の二桁の成長率に伴って4年連続で上昇中であるそうだ。

日本の鉄鋼メーカーの好調も、この中国特需に支えられているのは明白だろう。




ヒルティの幸福論について(仕事の上手な仕方)

幸せな人生って何だろうか、と言う漠然とした青臭い疑問がわいてきたので、ヒルティの幸福論を読み始めた。
だいぶ前に人に紹介してもらい、買うだけは買ったが、3部作であり、また得意でない古典の訳本と言うこともあり、まさに積読状態にあったこの本であるが、読み始めると実によく考察された人生指南の書であると実感した。

まず、第一章が「仕事の上手な仕方」である。

「休息を求めるのは人間の本性である」としながらも、「人間の本性は働くようにできて」おり、

本当の休息とは、

「ただ活動のさなかにある」と説いている。

そして、人生の幸福とは、「創造と成功との喜び」であり、仕事(それも、「何らかの人類社会の大問題」に関わる仕事がよい)に没頭し、その成果をみるのが人生の最大の幸福である、と説いている。

つまり、没頭する仕事のない人生とは不幸であり、真の休息を得ることができない人生であるから病みやすい、と言えようか。

ヒルティ自身が本の中で述べている、貴族階級ほど精神的な療養を必要とするというエピソードや、一見健康を害するくらいの激務をこなす学者が意外と長寿である、というのは、イメージ的にも個人的な体験からも納得ができる。

また、ヒルティは、「何らかの人類社会の大問題」に関わる仕事が良い、とする一方で、「真の仕事ならどんなものであっても必ずまじめに没頭すれば間もなく興味がわいてくる」としている。

現在のニート問題の解決の糸口はこの辺りにあるのではないか。