北京から帰ってきて、すぐの仕事が日帰りで横浜。


埼玉新都心から出発して、朝からお客さんが激怒しているところから始まった。


最近、会社を変えて埼玉から出発する仕事が増えたけど、やっぱりこれもそれぞれ県民性ってあるんだな~。


まあ、どんな県民性からいいとして、すったもんだで出発。


まずはスカイツリーを車窓から。浅草通りを墨田川方面からバスで移動するんだけど、一方だと不公平なので往復しろとの指示。

でもさ~、浅草通りからバスで車窓したって見えるわけないじゃん。足元みて終わりだよ。

しかも、往復するのに当然くるっとまわらなきゃいけないんだけど、そのう回路がバスなんか通らないよっ!という道。


地元人間から言わせると(っていっても住み始めてから3年くらいだけどね)、スカイツリーが完成して大型観光バスがこんなとこ通るのか!ってところをよく通っている。


この仕事の数日前、私が出かけようと思ってアパートの階段を降りたら目の前に観光バスよ。


一瞬何が起こったかって感じ。バス禁ではないけど、普通通らないでしょってところだから。


東京スカイツリーの車窓見学を終えて、今度は東京ゲートブリッジへ。

ただ、この日は年度末の5、10日(ごとうび、ってどういう感じ?)まあ、正確には20日の前の日だけど、20日が祭日だからね。 まあ、道路は混んでる混んでる。


それでも、ゲートブリッジを通過して横浜へ。

こんなに込んでいるのに行程書通りに進んでいる。よほど余裕をみて作っているのね。


で、中華街到着。お客さんはここから2時間で自由散策&自由昼食。


私も適当に昼食をとって、山下公園に行ってみた。


東京はもう桜の開花宣言がでて、道路を走っていてもたまに咲き始めた桜を見かけたけど、山下公園にはひときわ咲いている桜がありました。


写真を撮ったり、散歩をしたりたくさん人がおりました。



この後は、赤レンガ倉庫。お客さんの中で、ここが何かさっぱりわかってない人がいて説明に困った。



あとは川崎大師。私もここは初めて。添乗員仲間に話をすると、えーーーーー!ってびっくりされるけどね。


添乗員なんて行くところには何度も行くけど、行かないところって全く行かないのよ。

まあ、こんな感じねってところで、ツアー終了。


帰りも少し首都高混んだけど無事に到着。


そして、また21日もまったく同じ仕事です。

桜はどんな感じになってるかな~



↓山下公園の桜です



carakiraのブログ


今回の旅では移動をほとんど地下鉄を使いました。

北京の地下鉄を乗るのに必要なこと。それはセキュリティチェックです。

乗るたびに荷物をX線検査にかけなければ行けませ。これはなんとも面倒くさい。

地下鉄の値段はどこまで行っても2元。

北京の人はいわゆるSuicaのようなものを持っている人が多いかな。私もほしかったんだけどこれがあまり売ってなくて買うのがたいへんそうなのでやめました。

チケットは窓口で買うか、券売機で買うか。
でも券売機は不便。気まった紙幣しか使えない。しかも、駅によって使える紙幣が違うのよっ!
私の宿の近くの安定門駅は5元とコインしか使えない。
でも、オリンピック公園とかにつながる8号線は新しいから全部の紙幣が使えた。


私は面倒なので窓口で買ってました。

$carakiraのブログ-切符

これは一回券ね。
一回券なのにICカードになっている。
まず改札を入るときにタッチ。これはスイカと一緒。

で、駅について改札を出るときに挿入口にいれてそのまま回収される、という使用方法。

私は初日に予備で2枚買っておいた。で、次の日使おうと思ったら・・・

あら?改札があかない。改札の向こうで係の人が何やら叫んでいる。

まさか・・・。
そう、なんとICカードのくせに(?)その日限り有効なのよ。
次の日には使えない!!
なんでわかったかというと、カードの裏に書いてあった。中国語はわからないので英語の表記を見たらちゃーんと書いてました。
まあ、記念に一枚持って帰ろうと思ったから、使えなかった切符はそのまま記念品になりました。

で、夜に地下鉄を乗ろうと思うとなんとチケットは売り場が閉まってる!
はじめは、どーーーーすんのよ!って思ったんだけど、改札口のすぐ脇にたくさんの1元札を持ったおばさんを発見!

そうなのです、チケット売り場がしまるとおばさんがチケットは売り場の外で売るのね。
だったら最初からそうすりゃいいじゃん?

窓口より早くて楽よ。

あと、地下鉄のホームには黄色いTシャツをきたシニアがいっぱい。何をしているかというと、

「は~い、地下鉄来るわよ~。」
「ちょっと早く乗りなさいよっむかっ

ということをマイクを持ってあちこちでやっている。特に朝のラッシュ時間はかなりうるさい。
一応制服着た駅員さんはいるんだけどそれじゃあ収まんないんだろうね。
朝と帰宅ラッシュはかなりすごいけど、地下鉄は非常に便利でしたよ。

セキュリティチェックさえなきゃね~政府は自国民を信用してないみたいね。

ここでちょっと2日目に戻って、紫禁城の後にいった天壇公園について書きますね。

天壇も北京の世界遺産のひとつです。どんなところかと言うと、簡潔に言うと皇帝がお祈りする聖地って感じかな。

地下鉄の5号線に乗って天壇公園の東口から入場。

中心に向かって歩いていくと祈年殿が見えてきます。
でもその前に回廊があって、地元のおじいちゃんおばあちゃん達がカードなんかで遊んでいる風景が目につきます。

世界遺産の公園で遊ぶなんてなんて贅沢なんでしょ。

祈年堂は特徴的な円形の建物です。この日はあおぞらで建物が本当にキレイに見れました。

この建物は青い色が特徴。この青い色は天帝の色なんだって。
ちなみに皇帝はこの天帝の子どもっていう位置付けになるそう。皇帝の天帝しかいないってわけ。

祈年殿の正面のお堂には皇帝達の位牌がおかれています。
$carakiraのブログ-天壇 祈年堂



祈年殿のあとは皇穹宇。これも円形の建物なんだけど、この建物は周りを回音壁という壁に囲まれています。180度対極に立って壁に話しかけると壁をつたって声が相手に届くらしいです。

そして皇穹宇の前にあるのは圜丘(かんきゅう)
建物はなくて祭壇のようなところ。毎年冬至の日に皇帝が天帝にその年の出来事を報告するそうです。

あと公園の敷地内には皇帝が着替えた場所の跡地とかもありました。

とにかくここは、他のところより気分がすっきりしたような感じがしました。

ちょっとおすすめです。

とにかく、歩きまわって約4時間以上は経っていたと思う。

長廊を戻って、とうとう排雲門へ。


ここからいよいよ最後の、そして一番のメインになる仏香閣へ。


排雲閣からは屋根の瓦の色が黄色になる。これは皇帝を象徴する色。

ここも西太后が回収したときに勝手に黄色い瓦を使ったらしい。





carakiraのブログ-仏香閣


まあ、それもこれもすべて西太后が自分のためだけに修復したものなのですよ。


屋根の向こうにある高い建物が仏香閣


あれに登るのです。


4時間以上も歩き続け、そして最後にあの難所。


避けることのできない難所なんですよ!!



carakiraのブログ-仏香閣2



さあ、これから登るぞっと決意して見上げた感じがこれ。

天にも届きそうな感じです。


ちなみに、仏香閣には千手観音があります。そしてこの仏香閣が一番上かと思いきや...


さらに上に智慧海とよばれるチベット仏教の寺院があります。


ほんともうイヤ。


そして山を越えると、さらにチベット様式の経殿などがあり、下っていくと蘇州街。


蘇州街は大したことはないんだけど、何かというと昔のテーマパーク


もともとこの頤和園を作った皇帝は蘇州の景色が大好きで、この庭園に蘇州の風景を再現したかったらしい。

そして実際に街を作って、商人を置いて買い物とかを楽しんだんだって。



ほんと桁違いで疲れてくる。


そしてようやく頤和園の見学終了。

約6時間半でした。


足が棒のようになってしまいましたが、それでも次に北海公園に向かってみた。

広い広い頤和園をだいたい3分の1位見たかしら?という感覚で、また宮殿区に戻り少し山の方に入ってみた。


奥の方にはまた別に庭園があります。かい趣園という名前でこじんまりした庭園なんだけど、よく西太后が釣りをしたらしい。


そして山を登ると多宝塔とかがある。


とりあえず音声ガイドにあるものは全部見てやると思っていたので、ちょっとした山登りをしたあとは下って今度は名物の回廊へ。


中国の建物は必ずと言っていいほど回廊がある。

ここの回廊はただの回廊ではなくて、長廊というわれ728mもある。


で、ちょうど真ん中には排雲門という、まあ頤和園の一番の名物エリアにつながる門があるんだけどそこは今はスルー。横目で見てそのまま湖に沿って歩き続けた。


するとまた別の見どころ清晏舫(せいあんほう)と呼ばれる石でできた船。



carakiraのブログ-頤和園3





これは皇帝のゆるぎない権力を象徴するために作られたんだって。

中に入れるから、当時は皇帝たちがこの船の中で昆明湖の景色を眺めていたらしい。


さらに奥に行くと船のドックも見えてきた。


西太后はこの頤和園の修復費用をねん出するために、この頤和園で海軍の船を造って訓練をするって名目にして、その為の費用を頤和園の修復に横流しにしていたのね。


で、軍艦ができました。さあ、訓練をしましょう!となったとき、昆明湖はあまりにも水深が浅いので訓練できませんっ!ということになり、、まるまるパア。

で、結局出来上がった船は西太后のおもちゃになったらしい。


なんじゃそりゃ??