決めていく
誰かに言うと「そう?」と首をかしげるかもしれないけれど、
ジェットコースターのような20代。
何も決めなかった20代。
(がんばってたんだけどね。)
私はもう妥協しない。
自分で決めるし、決めたものを人のせいにはしない。
生きることに妥協はしない。
かっこよくいきます。
浅草雷門
なぜかドミトリーのWくんと行くことになったが、絶対元旦は行くと決めていた。
浅草、雷門。
京都を感じるけれど、本当は江戸風味。
風邪ひきながらふたり、マスクで。
明るい照明。
ルミナリエ、ではない。
トウキヨウの飾り。
乗り越しを「無礼講」と称し、タダにしてくれた地下鉄のおじさんに感謝しながら、人ごみの中へ並ぶ。
人形焼を食べながら、あっというまに進む嘘列。
大量の人々と境内の中に乗り込み、なげうつお賽銭。
淡いライトと夜店の中で夢うつつ。
浅草、雷門。
京都を感じるけれど、本当は江戸風味。
風邪ひきながらふたり、マスクで。
明るい照明。
ルミナリエ、ではない。
トウキヨウの飾り。
乗り越しを「無礼講」と称し、タダにしてくれた地下鉄のおじさんに感謝しながら、人ごみの中へ並ぶ。
人形焼を食べながら、あっというまに進む嘘列。
大量の人々と境内の中に乗り込み、なげうつお賽銭。
淡いライトと夜店の中で夢うつつ。
tokyoという理由
globeの小室哲哉氏がつくった tokyoという理由 という歌がすきだった。
東京はもっとすきだった。
とは言っても、何年も前の入社式や出張でたずねた程度。
よくは知らない無責任な憧れ。
関西はもともと好きな土地ではなかった。
親の都合で土地を転々としてきた私にとっては関西も自分の意思とはなんら関係なく住まわされた土地にすぎなかたから。
9歳ではじめてみた関西の人々は物をはっきりいいすぎるきつい人々だった。
いつもぼんやりとしていた。
誰か別の人の人生を仕方なく適当に生きている気がしていた。
ここ何年いつだってそうだった気がする。
知らない人や物に適応することだけ覚えた。
いつだって、自分以外の物や人に流されている気がした。
うらはらに自分をしっかり持っていると言われたが、流されないための私のかろうじての抵抗だった。
本当はいつだって自分の中に確信が持てず、 流されていた。
だからこそ私は人ではなく、自分が選んだ土地に住み、死んでいくことを選んだ。
生まれた土地で生きていくことを選ばなかった。
「どうして東京に来たの?」と不思議そうに聞かれるけれど
なぜみんな、なんの疑問も持たず、生まれた土地で生き、死んでいくのかその方が不思議だった。
それが私のtokyoという理由。
