知り合いたちはよく喫茶店に行く。
勉強とか、リラックスとか、ご飯とか、よくやっている。
国内もそうだし、日本もよく行ったと言われた。
僕も時々に喫茶店に行った。
日本の喫茶店の雰囲気は大変素晴らしいと思っている。喫茶店みんな自由で、気軽で相談したり、本を読んだりするお客はたくさんいらっしゃるんだ。もちろん、大変疲れたデーブルでうつ伏せになって、休んでいるお客たちは何人いらっしゃる。
確かに、日本喫茶店の環境も綺麗だし、音楽も軽いし、僕はなかなか良い気持ちになる。
五月以来、よく喫茶店に行く。自分の借りたマンションの部屋は狭くて、なんと言うかストレスが積み重ねている。したがって、喫茶店に行くことは僕にとって、ストレスを解散の一つ方法になった。
いい方法と言うより、悪くないだろうか。
明るい光だが、僕はくらくらとなっていない。多分、これは僕にとって、一番良いところである。
昔、家の退屈な時よく喫茶店に行った。喫茶店のコーナーを選んで、座ることが多かった。思考したり、周りを見たり、頭の中で、様々な小説のアイディアが出てくる。ほら、あそこに座っている彼女い一人で、ゲラゲラ笑っている。きっと、彼氏と連絡してるだろうか。ほら、近くのお婆さんは今真面目に本読んでる。どのような本だか。面白くて、魅力的な小説とは間違いないだろうか。
今は何となく、孤独感が感じられた。最大の理由は言葉の関係と思ってる。日本語が聞かれるが、母語ではない。
従来は「耳から入る」と言う話がある。耳から入って、知らず知らずに影響を受け、知らず知らずに、変化をさせられる。しかし、母国者のレベルにまた距離がかかり、今は聞くことしかないだろか。
静か静かになって、静かな一人ことになった。
一人のことも悪くない。一人になると、すぐ自分の考えに陥り、今までの事や将来の事など、気づいていない時に不安がある。仕方がないが、不安や彷徨は人生の常態だと考えている。誰では人生がいつも順調ではなく、山あり谷ありのことは大抵だろう。
険しい勾配に会ったら、嬉しくないが、迎えるしかない。
平坦な道はつまらなく、色々なことを経験しなければ、成長できないとよく言われた。
「やってみよう、知らない景色を見上げようか」固く決心をするつもりで、絶対諦めたくない。
今はある喫茶店で、以上の文章を書いた。店内の音楽は「桜」のミュージックで、聞いて、嬉しい。
(笑)