みなさん、こんばんは。るるんです。



今日一日とてもお天気の良かった土曜日も、第2部は夜の部となりました。皆さんにはお元気でお過ごしですか。


与沢翼さんのお話しが続きましたので、止まっていたシリーズ「愛とお金と健康の関係」のその3を書いてみたいと思います。


みなさんにはすでにおわかりのように、愛とお金と健康とは日常生活を送る上で欠かせないものでして、この3つのバランスが取れていると、ヒトは基本的にはシアワセを感じるようにできています。


そのため「幸せになりたい!」と願うときには、この3つのレベルを上げてあげると良いということになります。


書くまでもないことかもしれませんが、「お金が欲しい」とはゼッタイに後天的に生まれる望みでありますので、「シアワセになりたい!」と願う時にまず最初に頭に浮かぶことは、「自分を理解し、自分をこよなく愛してくれる相手が欲しい」ということが多く、「お金ちゃん」をまず考えることはそう多くはないみたいです。


るるんもその昔は赤ちゃんとして世に誕生しまして、その際に必要だったのは絶大なる人からの愛でした。


この時の「人」というのがまず母であり、父であったのですが、るるんはが生まれた時は右も左もわからない赤ちゃんであったため、いくら潤沢に「お金ちゃん」があったとしてもその上手い使い方を知っているのは両親や私より大人であったみなさんでした。


赤ちゃんにはいくら自分にお金があっても効果的には使いこなせないため、「幸せになりたい!」と考えたときまずこころに描くことは、普通はこの「愛を与えてくれる相手の存在」となります。


その後、小さい頃から教育期間を経て大人となる頃までに「お金ちゃん」というものを肌身で学ぶことになるはずです。


この学びの一番の先生となるのはご両親、もしくはその時自分の周りにいた人達となるため、それらの方々がどのように「お金」というものに対して接していたかによって、ご自分の「お金に対する意識」が形成されます。


大人になって資金が潤沢に入ってくる方法やお仕事が得られた後には、お金ちゃんを使って得られるサービスやそのひとときを誰かと共に過ごしたいと望むのが人間なので、「自分を理解してくれる誰か」を欲しがるようになります。


誰かを大変な勢いでもって愛したとして、「ブラピやジョニデならいいけど、あなたはイヤ」とか「ジェシカ・アルバやマリオン・コティヤールならいいけど、君とはねえ...」という事態も発生するわけでして、そういう時には、奈落の底に落とされたような気持ちを味わい、人は悲しむようになっております。


これらの芸能人がお好きでない方は、ご自分がお好きな方を当てはめてくださいませ。


「断られた時には怒りを感じる」という方も中にはおられるでしょうけれど、よくよくこころを見つめてみると「同じように自分を愛してもらえなかったガーン」というまず最初に感じるだろう悲しさが高じて「なんだ、あいつは!プンプン」という怒りに変わるわけです。


でも、ここで「お金ちゃん」をたっくさん持っていたりすると、もしかしたら相手の気を自分に向けることができたり、その人ではないにせよ、代わりの誰かを複数人もはべらせちゃったりできることがままあります。



このまま続きを書きたいところなのですが、夜も8時を回り、すみません、おなかが空いてきてしまいました。ちょっと長くなりそうなお話しなので、しっかりと腹ごしらえをいたしまして、また後ほど書き続けたいです。





みなさんもきっとそろそろお食事の頃だと思います。どうぞ楽しい晩餐のひとときをお過ごしください。それでは、ちょびっと、失礼いたします。



るるん