CAPセンター・JAPAN フェイスブックより
■子どもの感覚・気持ちに蓋をしないで

猛暑・酷暑が続き、熱中症対策が連日大きく報道されています。そのなかで、小学1年生が校外学習後に熱中症で亡くなりる出来事がありました。
心からご冥福をお祈りします。
校外学習の行き帰りに「疲れた」と言っていたという子ども。自分の感覚を教えてくれていた言葉です。
まだ語彙が少なく、自分の状況をうまく表現することができない小学一年生が自分の感覚を教えてくれていた言葉。
子どもは、外で元気に遊ぶもの。
暑さに負けちゃいけない。
学校ではみんなが同じようにするもの。
最後まで頑張ることが大事。
子ども一人ひとりの状況にあわせて、学校行事を中止したり、対応したりはできない。
そういうおとなの思い込みや集団を管理する学校の事情は多様性を許さず、子どものそれぞれの感覚をないものとして扱ってきたのではと思えてなりません。
校外学習の行き帰りに「疲れた」と言っていたという子ども。自分の感覚を教えてくれていた言葉です。
まだ語彙が少なく、自分の状況をうまく表現することができない小学一年生が自分の感覚を教えてくれていた言葉。
子どもは、外で元気に遊ぶもの。
暑さに負けちゃいけない。
学校ではみんなが同じようにするもの。
最後まで頑張ることが大事。
子ども一人ひとりの状況にあわせて、学校行事を中止したり、対応したりはできない。
そういうおとなの思い込みや集団を管理する学校の事情は多様性を許さず、子どものそれぞれの感覚をないものとして扱ってきたのではと思えてなりません。
もしかすると熱中症が軽症だったら「疲れたけれど、よくがんばったね」とほめられていたのかもしれません。
子どもの命が失われてはじめて気づくことがどれほど多いか・・・。
それでもなかなか変われない社会が目の前にあります。
熱中症に限らず、子どもが教えてくれる感覚は自分の危機を教えてくれている、SOSのサインであることがよくあります。
熱中症に限らず、子どもが教えてくれる感覚は自分の危機を教えてくれている、SOSのサインであることがよくあります。
いじめだったり、虐待だったり・・・。でも、「そんなの気のせいだよ」「あなたが何かしたんじゃなの?」と無かったことにされていることが多いとこれまでの活動の中で感じています。
そういう経験を積み重ね、長い年月をかけて、「言ってもしかたない」と子どもたちに思わせてしまう・・・。
「最近の子どもは・・・」という言葉を聞くたびに思います。
変わらなければならないのはおとなです。
長くて、暑い夏休みが始まります。
子どもたちが語る自分の感覚、自分のところから見える景色、自分の気持ちに蓋をしないでください。
「教えてくれてありがとう」から始めましょうよ。
子どもの安心・安全を守るのはおとなの責任だけれど、おとなだけで守ろうとしないでいいんです。
子どもが守る、子どもと守るという観点を持ちましょう。
例えば熱中症について子どもができることを、年齢や発達にあわせて伝えましょう。
「熱中症に気をつけなさい」ではどうしたらいいのかわからない。
子どもと一緒に、できるだけ具体的に大切な自分を守るためやっていいことを考えていきましょう。
子どもの感覚・気持ちに蓋をして、なかったことにしないでください。
『子どもの「疲れた」は熱中症のサイン 小児科医が警鐘』
長くて、暑い夏休みが始まります。
子どもたちが語る自分の感覚、自分のところから見える景色、自分の気持ちに蓋をしないでください。
「教えてくれてありがとう」から始めましょうよ。
子どもの安心・安全を守るのはおとなの責任だけれど、おとなだけで守ろうとしないでいいんです。
子どもが守る、子どもと守るという観点を持ちましょう。
例えば熱中症について子どもができることを、年齢や発達にあわせて伝えましょう。
「熱中症に気をつけなさい」ではどうしたらいいのかわからない。
子どもと一緒に、できるだけ具体的に大切な自分を守るためやっていいことを考えていきましょう。
子どもの感覚・気持ちに蓋をして、なかったことにしないでください。
『子どもの「疲れた」は熱中症のサイン 小児科医が警鐘』