#いじめ #虐待 #子ども
『「父の怒りを抑えるためだったが、配慮を著しく欠いていた。申し訳ない」』謝る先が違う。
守れなかったことを謝るべきは亡くなった子ども。
抗議を受け、訴訟をすると言われたとしても、守るべきものは何かという軸を持ててさえいれば・・・。
残念としか言いようがない。

問われているのは私たちおとなです

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千葉県で小学4年生の栗原心愛(みあ)さんが自宅で死亡し、父親が傷害容疑で逮捕された事件が報道されました。
心愛さんのご冥福を心からお祈りします。

学校のアンケートに父親からいじめを受けていると答えていた心愛さん。
市教委はそのアンケートを一時保護されたことへの抗議を受けた際に父親に見せていたことも報道されました。

『市教委は「子供が恐ろしさを感じていることを父親にも知ってもらいたかった。
一時保護に対する怒りを抑えてもらう狙いもあった」と釈明。
一方で「配慮を著しく欠いていた。大変申し訳ない」と陳謝した。』
(毎日新聞記事より)

本人はアンケートを父親に見せることを承諾していたのだろうかと気になっています。
加害行為をしている可能性のある人物にアンケートを見せたことはリスクを高めることにつながったかもしれない。
でも何より、当事者は子どもなのに、その子どもを抜きにおとなの思いだけで、おとなの都合で、おとなの事情で勝手にしていいことじゃないと強く思います。子どもには聴かれる権利があります。
見せた後でも子どもに説明はしていたのだろうかとそのことも気になっています。フォローできたこともたくさんあったのではと思えてなりません。

市教委の陳謝は誰に対してだろう・・・。
謝るべきは、亡くなった子どもに対してです。
それが良かれと思って、しかたなくしたことだとしても、
聴かれなかった子どもの思い、無力感はどれほどのものだったか・・・。
教えてくれた危機的状況を生かせなかった・・・。

ごめんなさい。

これはどこでも起き得ることです。
失われた命が教えてくれることを、私たち社会は学ばなければなりません。問われているのは私たちおとなです。

毎日新聞デジタル(1月31日付)
『「父からいじめ」アンケート回答、市教委が父親に渡す 千葉女児死亡』
https://mainichi.jp/articles/20190131/k00/00m/040/065000c