■個人の問題にしてしまったら、何も変わらない。

子どもが、話してくれてよかった。

教えてくれてありがとう。


15年前から児童養護施設に散髪のボランティアに来ていた理容師が子どもに対する性暴力で逮捕されました。

発覚したのは子どもが「散髪屋のおじさんから抱きつかれたりしています」と話したことから。

話してくれてよかった。

教えてくれてよかった。

話を聴いた職員がなかったことにせず、対応してくれてよかった。


子どもたちは今、話してよかったと思えているでしょうか。

「たいしたことじゃない」

「そっとしておこう」などという誤った判断で、

専門家によるケア、

そして身近な人からの日常的なケアやサポートが蔑ろになっていないか気になります。


“15年前”から月に1回散髪ボランティアに来ていたという容疑者。

今回が初めてだろうか・・・とは誰もが思うことではないでしょうか。

その可能性を念頭に丁寧に子どもの声を聴き取り、

すでに退所している子どもを含めて、

被害を受けた子どもたちが適切なケアが受けられるようにすることが必要です。


それにしても、「子どもに関わろうとする人は子ども好きのいい人」という思い込みや

「ボランティアとしてわざわざ来てもらっている」という遠慮が子どもを危険に晒すことにつながることはこれまでにも起きたことです。


そろそろ本気で予防策を講じる必要があるのではないでしょうか。

何らかの「約束」を交わしたり、「基準」を示すこと、

具体的に言えば二人だけになる空間をつくらないことなどが考えられます。

「そんなことしたら来てくれる人がいなくなる・・・」という心配があるかもしれません。


「人を見たら疑え」ということではありません。安心して人と人が関わりあうためには必要なことです。

ましてや子どもから見れば、様々な“力”を持っているのがおとなです。

良かれと思って、無意識のうちに子どもの人権を侵害してしまうことは起きがちです。


予防のために、子どもたちと話し合っておくことも重要なポイント。

どんなにお世話になっている人だったとしても、「いやだ!」と感じたら、その感覚・気持ちを「いやだ!」と表現していいこと。

いやな触り方をされるところにずっといなくていい、そこから離れていいこと。

そして「相談してね。あなただったら誰に話す?」。

力になりたい、子どもを守りたいと思っているおとなの存在を子どもが実感していることが大切です。


「あなたは大事な人だよ」

「困ったとき、どうしたらいいかわからないときに、できそうなことを一緒に考えておこう」と子どもと話し合っておくことが大事です。

それが「自分は大切な存在!」と実感することになる。

「お行儀よくしなさい」

「我慢しなさい」では、子どもたちは自分の危機に行動を起こすことができない。


そもそもおとなと子どもの間には圧倒的な力の不均衡が存在しています。

自分の持つ力を濫用しておいて、「無理やりはしていません」などと言い訳をする加害者の”認知の歪み”。

だからといって、個人の問題にしてしまったら、何も変わらない。

子どもの人権侵害が起きやすい環境を放置してはいけない。

加害行為をしようとするおとなにとって都合のいい場所は、子どもにとっては危険な安心できない場所です。 


子どもの権利を軸に見直しませんか。