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宮本輝さんの作品で「トマトの話」という短編があります。短編集「五千回の生死」に収められています。主人公が学生時代に、アルバイトの現場で出会ったひとりの作業員との逸話です。

私は表題のトマトの話の部分よりも、作業員が亡くなる前に主人公に投函するよう託した大切な手紙を、主人公が道路工事の現場で失くしてしまい、完成した舗装道路のどこかにそれが埋まっているはずだと回想する最後がとても印象に残りました。その手紙には何が書かれていたのか、受けとるはずだった相手は誰なのか？

五千回の生死 (新潮文庫)/新潮社

￥483

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人生の一場面を切りとって、もし～でなかったら・・・と考えだしたらキリがありませんが、届くはずの手紙（言葉）が何かの事情で届かなかったら、手紙の主の思いは行き場を失って空に散ってしまうことでしょう・・・

北海道にて

先日の遍路の旅で、ある方からお接待の飴と一緒に、「もらい物だけど、よかったら使って」とタオルハンカチをいただきました。

少し開いている袋から薄紫色のタオルハンカチが見え、私は、「（せっかくのプレゼントを）私がいただいていいのですか？」と伝えると、「いいのです、私の好みじゃないし・・・どうぞ使って」とおっしゃったので、何かの景品の品かもしれないし、遍路でお接待を受けたら、原則として断ってはいけないことになっているので、ありがたくいただきました。

ところが、その日の夜、宿に着いてから頂いたタオルハンカチを袋から出してみると、中にメッセージカードが入っていることに気づきました。

私にタオルハンカチをくださったその方は、少し前に心身の不調で休養されていたそうで、そのメッセージカードには、短いですが胸が熱くなるような温かい言葉が書かれてありました。

２～３行の言葉でも、私信であるメッセージカードが入ったままのものをいただいてしまったことに、私は少し困惑しました。

いただいたときの会話で「好みじゃないし」と言っていたのを思い出し、私にハンカチをくれた人は、もしかしたら袋を少し開けてみて、好みの色柄でなかったので、そのまますぐに元に戻したのかもしれないと想像しました。

メッセージカードは名刺サイズで、四つ折りのハンカチの奥にていねいに入れられていたので、気づかれないままなのかもしれません。

高知県東洋町甲浦にて

内容やいきさつがなんであれ、他人へのメッセージカードが自分の手元にあることが気になり、また次に遍路に出たとき、もしその人に会えたらメッセージカードをお返ししたいと思っています。

メッセージの主のお見舞いの主役は、その小さなメッセージカードにこめられた言葉で、タオルハンカチは脇役だと思うのです。そして、どんなに短い言葉でも、メッセージを受けた人は必ずや元気をもらうと思います。

でも、すべては私の思い込みで、タオルハンカチを私にくれた人は、ハンカチに包まれたメッセージをすでに読んでいて、ただ取り出すのを忘れただけかもしれませんが、知らずに受け取った私のこころは複雑でした。

ふだんは、プレゼントを手渡されたら「開けてみてもいいですか？」と目の前で開けることが多いのですが、遍路の旅の朝は、少しでも早く出発したい思いから、取り出して確認しなかったのです。

そういえば、ＡＴＭで操作を終え、取り忘れがあると「忘れ物がございます」と間髪を入れずに知らせてくれます。小さなメッセージカードにも、そんな機能がついていれば、取り出し忘れた言葉が冬眠することもなくなるかもしれませんね。

寒い日が続いていますが、蕾たちは冬眠から覚める準備をしているようです。

四国霊場別格２番　童学寺にて

ハンカチの中の言葉