遂にここまで来ました!!

制覇まで、連覇まであと「1」。



よくぞここまで来てくれました。

仙台育英に泣いた宮城に、元気をくれてありがとう!!

今度は勝って泣こう!


頑張れ!!

秀光中!
全中ベスト4進出!!



連覇まであと2つ。

一つ一つ丁寧に。

宮城に夢を持ち帰れ!!

僕達の夏は終わらない!

頑張れ!!

秀光中!
本日の第1試合、仙台育英が甲子園ベスト16を決めました。

今年の仙台育英には2009年第1回山崎武司杯出場者が3人います。

#1 佐藤 世那選手、#9 佐々木 選手、 #10 百目木 選手。



こうして甲子園で活躍してくれるのは嬉しいことです。


そしてもう1人。

早稲田実業 清宮選手、九州学院 村上選手とスーパー1年生が取り上げられてますが、同じ1年生、忘れちゃいけない中学野球のスーパスター #15 西巻 賢二選手を!!



昨年、第1回東海東北中学野球交流大会に参加し、その後全中を制覇した秀光中等教育学校の中心選手。

心技体、全てが一流。

彼こそ近未来野球を引っ張る存在になると確信してます。

まずは、悲願の全国制覇!!

仙台育英の熱くて長い夏に期待してます!
東海東北中学野球交流大会のもう1つのテーマである震災学習。

2008年、宮城内陸地震で山崎さんが栗原市に義援金を送り、栗駒球場が山崎武司球場に命名された事で始まった宮城山崎武司杯。

2009年に第1回学童大会、2010年12月には優勝した野蒜小野球スポーツ少年団を中心に宮城山崎杯選抜を結成、岐阜遠征に行き、レベルの高い東海野球を体感しました。

そしてその3カ月後、東日本大震災で東北地方は甚大な被害を受けました。

中でも野蒜小含む東松島市はマスコミに取り上げられるほど酷いものでした。

ショックで立ち上がることの出来ない状況で励まし続けてくれたのが、たった1度しか面識のない岐阜山崎武司杯の皆さんでした。

「何でも足りないものは援助するから、今年も頑張って岐阜に来て一緒に野球やろう!」

この一言でどんなに救われたかことか。

2011年の岐阜遠征は涙の交流戦になりました。

宮城内陸地震と東日本大震災が結びつけた岐阜と宮城の「絆」。

「野球人」山崎武司が結びつけた強固な「絆」。

この不思議な縁は、山崎武司杯を無限な可能性を秘めた大会に成長させてます。



山崎さんも震災学習を大事にしてます。

チャレンジクラブは交流大会を終えた翌日、野蒜小跡地で野蒜小 田中監督の特別な計らいによる震災学習会に参加してくれました


まずはDVDで震災前年の2010年、当時 仙台育英で投手だった田中監督のご子息の活躍



野蒜地区の震災映像



野蒜小付近の震災映像



震災映像はショックな場面が多く、僕も当時を思い出し苦しくなりました。

語り部さんの写真を交えた震災体験談



ご子息が岐阜遠征に参加した事のある野蒜小PTA会長の涙ながらの体験談



画像で見た被災地見学








沢山の体験談を通じて命の大切さを改めて感じてくれたと思います。

一番大切なのは自分が死なないこと。

この体験を岐阜の大切な方々に伝えて欲しいと願います。



改めて僕も勉強になりました。

お忙しいなか、このような素晴らしい体験をさせて頂いた野蒜小 田中監督、交流センターの皆さん、PTA会長様、工事現場監督様、ありがとうございました。

来年もまた、皆さんと笑顔でお会いできる事を目標に頑張ります。

今後とも宜しくお願いします。