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沖縄のひと

 全国高校野球春期大会決勝日の当日、週末になると必ず渋滞するという名護市から美ら海水族館へと続く道路が、ひじょうに珍しく空いているらしい。
 沖縄県代表の興南高校が決勝進出を果したことで、県民のかなりの人々が家の中で、そのテレビ中継に見入っているそうだ。川藤(元阪神)似の、通称”ボス”と呼ばれるツアーバスの運転手さんは、指定観光地に立ち寄るごとに、待ち時間の合間にワンセグケータイで試合の行方をチェックしている。
 ある土産物店に立ち寄ったときは、20人近くのうちなんちゅである地元のひとたちが店内に置いた試合放送中のテレビに向かって歓声を上げていた。ふつうの”やまとんちゅ”である観光ツアーの自分たちからみたら、、正直ちょっと戸惑う。
 バスツアーガイドのH川さんに訊いてみたら、「沖縄県人は、朝起きてまず新聞の死亡広告欄のチェックをする」友人知人、親戚の生死の安否確認から一日を始めるのだという。
 65年前に最も激しかった戦地の一つとして、ここ沖縄は多くの日本人の命が犠牲になった土地だからこそ、今は人の命をより大切に考えている。自分たちの沖縄の高校球児が全国一になる事に、家族と同じように喜ぶのである。
 H川さんはさらに、来週末から沖縄本島の恒例のさらなる大渋滞がやってくると紹介した。
理由は、先祖の墓参りだそうだ。沖縄のひとにとっての、うちなんちゅの墓参りは、私たち(平均的な)やまとんちゅが普段行なう墓参りの中で、先祖供養に対する意識レベルが随分と違う気がする。
(この後、ご本人に訊いてみたら、激戦で辛い想いをしたという理由だけでなく、戦前よりもずっと昔々から先祖を敬う気持ちは強いようです。)
 そしてバスの中で拝見した、ご本人が撮った沖縄観光の風景が収められた写真アルバムファイルの中に、ひめゆり記念碑に水を供える老婆の写真があった。そのコメントには、

”おばあの姉。私のひいおじいがひめゆり部隊と一緒に戦争で亡くなりました…。《平和の礎》”

(この事実は幼少期から知っていたのでも、家族身内から伝わったのでもなく、大人になってからひいおじいさんを知る第三者の方が教えてくれたそうです。)
 さらに、

”硫黄島1370㎞の石碑” の写真も収まっていた。

H川さんは、知っているのだ、65年前、ここ沖縄と同じく、日本本土へアメリカ軍の進攻を阻むために、壮絶な激戦の中、散っていったもう一つの日本領土が硫黄島である事も・・・。

那覇到着

 那覇空港に着陸、滑走途中にF-15がところ狭しと並べられる姿が否応なしに目についた。
昨年、302飛行隊F-4と入れ替わり、百里基地で首都防空任務にあたっていた204飛行隊のF-15イーグルだ。中共の第4.5世代機SU-27やSU-30を相手にするには、F-4ではもう限界なのだ。一時は無敵を誇ったF-15も操縦技能ではどんなに優秀な空自パイロットの駆るF-15Jでも、完全なアップグレードを受けていないF-15Jも未だ多い現状では、鉄壁の守りとは言えないが、それでもF-4部隊が最新フランカーを相手にするよりも遥かに状況は良いのである。
 隣接する駐機場には、P-3Cも多数並んでいるのも目に付く。ここでは、空自と海自が民間の那覇空港を共用している。
 ボーディング・ブリッジを過ぎる途中、先ほどのP-3Cが飛び去っていった。尖閣諸島はじめ領海スレスレまでやってくる中共の原潜、艦船を相手に哨戒任務に飛んでいったのだろうか。
 乗り込んだ観光ツアーバスが那覇空港ターミナルを出て、モノレールと並走する道路に沿ってすぐに、航空自衛隊那覇基地の展示機、F-4、F-104が展示されてある。基地施設のパラボラ型アンテナが目立つ。行き慣れた岐阜基地のそれとは違う。沖縄観光の要所であり、南西諸島の空の玄関、那覇空港は、まさに国防最前線の那覇基地でもある。


すたあばっくのブログ



価値観(ボディコーティング編)

 先日、常連の親しいお客さんと話していて思った。
 クルマのボディコーティングなんて自分でプロと同じ液剤手に入れて、それを塗っちゃえば一見専門店と同じものが出来たようにみえる。しかし、そこにはちゃんと落とし穴があって、下地処理がぜんぜん出来ないので、キズが残ったままの状態で固まってしまったり、脱脂もきちんとしないので、ボディ上に残ったワックスや油と混ざってムラだらけになってしまう。
 もっとも高レベルの下地処理がさほど必要もなく、下ろしたての新車だったり、或いは脱脂だけなら脱脂剤を使って処理すれば、ある程度はなんとかそれなりに仕上がる場合もあるだろう。
 しかし材料だけがプロと同じでも、作業場所の問題はどうなるのか。きちんと洗車する場所はもとより、車体を乾燥させて、直射日光の射さない、雨風雪も掛からない、さらに温度湿度が安定していて、キチンとした多種多様の照明設備が整ったエリアも確保するという、そんな理想的な条件は普通まず揃うことは難しい。
 もし材料も環境条件もプロと同じもの手に入れても、プロと同じ美しい仕上げを実現するのは、おそらく無理な話しである。
 というわけでそのお客さんは、またウチ でコーティングをしてくれたという話しでした。