今、制作協力している東日本大震災自衛隊災害派遣記録DVDのオフラインの一部が届いた。原子力災害派遣のブロック。当時水バージを曳航して福島第一原発の桟橋に冷却水を輸送した海上自衛隊横須賀地方隊港務隊の隊員のインタビュー。職責を全うするってこういうことなんだなあ、と感じ入る。

 そもそも原子力災害派遣って自衛隊の役割は住民保護程度だったはず。木更津の陸自第1ヘリ団にしても、これまで想定もしなかった任務を付与されたわけだけど、たとえ不安を感じても「行け」と言われれば「行く」。「それが我々の仕事ですから」とはなかなか言えるものじゃないと思う。

 港務隊では、バージを曳航するタグボートの乗員から若い隊員を外したのだけど、逆に若い隊員からは「なぜ自分は行けないのか?」と不満の声があがったという。目の前の国難とも言うべき事態に職責を全うしようとする者の存在は、やはり例の騒ぐだけの人たちとは対照的だ。
さっき知己の航空自衛官と電話してて思い出した。航空総隊って来年横田へ移動するんだった。航空救難団が航空支援集団隷下から航空総隊隷下に移動するのも来年。総隊隷下に入ることでCSARの態勢が強化されるのかな。これまでよりは協同訓練が遣りやすくなりそうだけど。
 これまで今回の震災の災害派遣に出動した多くの自衛官に自らインタビューしてきた。航空自衛隊の救難隊員や、海上自衛隊のEOD(水中処分隊員)などなど。皆、福島第一原発の危険性は理解しながらも、被爆を承知で被災地での捜索救出、遺体の捜索収容に携わってきた。

 中には、許可さえ出れば福島原発周辺の飛行制限区域に進入してでも、被災地までの飛行距離をショートカットしたいと考えていたパイロットも居た。燃料を最大限捜索救出にあてるためである。自身の被爆も仕事の内、と早い段階で覚悟を決めた救難員も居た。一人でも多くの遺体を家族の許に帰してあげたいというその一心で、海上や海中に瓦礫が漂い視界の効かない危険な海に潜り続けたEODも居た。腐敗が進み正視に耐えない遺体も、「これが家族だったら」と思い丁重に扱い、「寒かったろう」といたわりの声をかけたと言う。艇内に安置した遺体に手を合わせに来た若い隊員も居たと言う。

 その想いは自衛官だけでなく、警察官や消防官、海上保安官らも同じだったはず。彼らも日本人。そして、安全な場所からデマや未確認情報を拡散して危機感と不安を煽り、自身の主張のために原発由来の放射線で死者が出ることを待ち望んでいるとしか思えない、残酷で攻撃的な発言を繰り返す連中も日本人。
 同じ日本人として、後者の連中を本当に恥ずかしく思う。