みなさん(?)お久しぶりです
気付いたら結構更新してなくてヒーッてなりましたがどうせ誰も見てないしTwitterばっかだしで
まぁいいかななんて(^p^)
学校生活は最悪です
技術は劣ってないのに、読み取る力がないってか素直じゃなく、受験だったら即アウト
嫌いな奴らに評価的に負けてるのが許せないですよね
つっても、私も過大評価しているところがあるので、その見直しをせねばあかん
でもやっぱりあいつらはムカつく大嫌い
席替えしたいなー
まじさぁ、休み時間の度くんなって感じ
昼休みは他人に迷惑かけてでもガンガン逃げますってね⊂( ^ω^)⊃ぶん
人に好かれる人間を嫌うのが得意な秋羅さんです⊂( ^ω^)⊃
猫と2人っきりの夜は、いつも考える
この猫が死ぬ時、私は何をしているんだろう。
私が30歳の時、この猫はどんな生活を送っているだろう、って。
前の猫は、25歳ぐらいまで生きて、すごく長生きだった。
ペットというよりはお姉さんとかそんな感じ。
昔からいじめっ子の私はよく猫を遊びと称していじめてた。
だけど大好きだった。
今の猫が死ぬ時、私は何をしているんだろう。
大学だか専門学校だか望むところに入学して、ちゃんとデザイナーとしてやっているんだろうか。
少なくとも、家から追い出されてて、40近くの私は今の家を「実家」と呼んでいるんだろう。
お母さんは健康だろうか。
猫が死を迎える時、お母さんは恐らく70歳。母方の家系から見て、不安はなさそうだ。
退職し皺の増えた母と、死を迎える猫。
もしかしたらどちらか既にいないかもしれない。
震災かもしれないし、事故かもしれない。わからない。
猫を抱き上げた時、猫は気持ちよさそうに喉を鳴らしてくれる。目を閉じて、眠る体勢に入る。
卒園する前、母の中に妹がいた時亡くなった猫の面影が被る。
ふとした瞬間に、死を考える。
いつまでこの温もりに触れていられるか。いつ、この温もりが冷めてしまうか。
だから私はペットショップで動物を買うに至らない。
前の猫も、今の猫も貰った猫だ。
ペットショップって言葉が私は嫌い。大嫌い。
いつまでも、猫と友達でいたい。
