2019/11/28 17:00
ローマ教皇が「ゾンビの国・日本」に送った言葉
「何のために生きるのか」ではなく、「誰のために生きるのか」
自分たちに聞いてみよう。「私にとって、最悪な貧困とは何か?」「最もいい貧困とは何か?」もし、私たちが正直であるならば、わかるはずだ。最悪な貧困とは孤独であり、愛されていないという感覚であると。この精神的貧困に立ち向かうのは、私たちに求められる責務である。そして、そこに、若い人が果たすべき役割がある。私たちの選択肢、優先順位についての考え方を変えていく必要があるからだ。
それはつまり、私たちにとって最も大切なことは、何を持っているか、何を得られるか、ではなく、誰と(人生を)共有できるかということなのだということに気づくことだ。「何のために生きるのか」ではなく、「誰のために生きるのか」にフォーカスすべきなのだ。自分に問いなさい。「私は何のために生きるのか」ではなく、「誰のために生きるのか」「私は誰と人生を共有するのか」を。
モノも重要だが、人(との関係性)は欠かせない。人なしでは私たちは人間らしさを失い、顔を失い、名前を失う。私たちは単なる物体と化してしまう。私たちは物体ではない。人なのだ。シラ書*は言う。「信頼できる友人は堅固なシェルター(避難所)である。見つけた人は宝を見つけたようなものである」。だから「私は誰のために生きるのか」を問い続けなければならないのだ。