青木間歩へ行くには川を渡らないといけないのですが、
架けられてるのはこの鉄板です。
バランスのかけ方が悪いと結構揺れるので、
ちょっとした冒険気分が味わえます。
これも採掘跡です。
時代は特定できないものの、かなり古いとのことです。
多田鉱山は銀と銅が主で(わずかに金も採れたとのこと)、
産出量は同じ兵庫県内の生野銀山よりもはるかに少なかったそうです。
しかしながら都に近いことから、秀吉の富の源になっていました。
ここには埋蔵金伝説があります。
秀吉が有事に備え、金銀財宝を坑道のどこかに隠したとのこと。
その額は他の埋蔵金伝説とは桁違いみたいです。
今回はふらっと立ち寄っただけで、埋蔵金伝説のリサーチはしてませんでした。
いつかまた、そっちの方面で多田銀山を取り上げたいです。
そんな太っ腹な伝説があるせいか、ここの関連施設は全てタダであります。
江戸中期ごろから産出量に衰えが見えだします。
あの平賀源内がこの地を訪れ、産出量回復に努めたそうです。
その後も減少に歯止めが掛からず、1973年(昭和48年)に操業は停止しました。
現在は休山とのこと。
しかし、工場も更地となっているにもかかわらず、
閉山になっていないのが怪しいです。
やはりあるのか埋蔵金?
おまけ
多田銀山の近くにある新名神道の工事現場です。
すぐ南の中国道は全国最悪レベルの渋滞に悩まされてますので、
一日も早い開通が待たれます。
鉱山がそばにあるせいか残土に有害物質が多く、
処理が大変なのだそうです。






























