以前、
あなたの自己評価を高める
という切り口から
やったー!
の使い方(?)についてお話をさせて
いただきました。

しかし、今回注目していただきたいのは、
私にもそしてあなたにも起きた過去のできごとは、今の私とそしてあなたがいくらでも評価を変えられる
ということ、この点です。
もっとも、注意していただきたいのは、
時折、モノの本などに書いてある
「コップに水が半分しか入っていないのではなく、半分もあると考えなさい」というのとは違う
ということです。
コップの水が半分であること
これが事実(fact)であることは変わりません。
そこから目をそらせて
半分しかではなく、半分もある
というように考えさせるというのでは、
単なる詭弁・ゴマカシのテクニック
に過ぎません。
そうではなく、目の前で自分が認識した事実、
つまり起きたことは起きたこととして、
確認したうえで、その評価を変えるのです。
たとえば、コップの水の例で、もし、水が
あることを喜びとして感じるということが
主題であるとするならば、
コップに水が半分もあること
を喜ぶのではなく、
コップに水があることそれそのもの
を喜べないと、
ただのゴマカシになってしまいます。
前回の「なくなった私の上着」の例も同様です。
まず、なくなったこと、それ自体は
事実として動かしようがありません。
モノが無くなった事実はそれとして認識し、それからどうするか、どのようにその事実を評価していくのか
ここがポイントになります。
新しいものとの出会いのきっかけとして
認識した事実を評価するのか。
それとも無くなる原因を作った見知らぬ
誰かへの怒りの感情、それに振り回された
自分を認識する事実として評価するのか。
このように、私もそしてあなたも
認識した事実への評価をどのようにするか
それによって過去に起きたことの
意味がまったく異なったものと
なるのです。
その意味で、
事実としての過去は変えられないが、その人の評価の中で過去は変えることができる
のです。
くりかえしになりますが、コップの水の
例のように、事実として認識できることを
見て見ないフリをするというのとは違いますよ?
ただ、物をなくしたであるとか、そんな
レベルではすまない過去もたくさんあると
思いますので、いきなりすべてを無理やり
こうして変えてしまえ!などと、そんな乱暴な
ことを言うつもりはありません。
ですが、
そのように評価を変えられる過去が沢山あるんだ!
このことを知っておいていただければと
思います。
最後までお読みいただきありがとうございました!
