
今回は他人なんて知ったこっちゃない、まず私自身が幸せになってやると言う一見横暴にも思える考え方ですね。こちらの言い分としては自分の事も満足に出来ないのに他人を幸せになんか出来る訳ないでしょ。んー億万長者になったら小銭ぐらい寄付してあげるという感じなんですかね。これだと自分の分を減らしてまで子供に食事を取らせようとかの行為は否定されてしまいます。まあ自分達が良ければ構わないと子供を放置される方達も一部ではいらっしゃるようですが。
つまり他人が先の利他愛に対し、先ず自分が大事なのが利己愛でしょうか。
他人の幸せを願い行動する→他人が幸せになる→自分も幸せになる
自分の為に自己啓発や努力する→自分が幸せになる→他人の為に行動する→他人が幸せになる
この際、3番目の他人の為の行動が曲者なんですね。買物で良い商品を見つけた、健康に良い商品、心や魂に良い習慣とか勧めてくる方がいらっしゃいます。何とかウェイとか何とかプルーンとか何とか会とか。
私も幸せになったから、あなたもやって一緒に幸せになりましょうというあれとかです。危ないので全部は語りません。
信仰とかの話しをすると、ややこしくなりそうなので、いつか機会があればまた書きます。
今回は自分の幸せが先となるとどうなるでしょうという話しでした。
話しが締まらないので、まだちょっと続きます。